第一章 出逢い ~青い春~
二
二月十三日(金)の午後二時。優子は待合室にいる間、ずっと緊張していた。病気らしい病気をした事がなく、病院へは滅多にかかった事がなかった。しかも心療内科だなんて、自分はどうなってしまったのだろうかと、不安でいっぱいだった。ここは、父がかかっていた病院で、医者は京大系で、大阪屈指の大病院だった。
診察室のドアには「柚木 薫」と、担当医の名札が貼ってあった。女医さんだろうか?幾つぐらいの先生だろう?と、優子は思った。待合室では、静かな音で、モーツァルトの「フルートとハープのための協奏曲ハ長調」が流れていて、優子は、父が見守っ てくれているような気がした。
「奥宮さん。どうぞ」と、診察室のドアを開けて、看護師が呼んだ。
優子は、ドキドキしながら診察室に入った。机の向こうに座っている医者は、若い男性だった。優子は、自分より少し年上らしい、細面の顔で目が優しい柚木を見て、安心した。
「よろしくお願い致します」と、お辞儀をして、優子は静かに椅子に腰かけた。
柚木はドキッとした。ほっそりした体にベージュのワンピースを上品に着て、セミロングの髪を軽くカールさせ、自然な薄化粧の顔が美しい、優子の柔らかで清楚な姿。入って来て、椅子に腰かけるまでの、しなやかな動作。けっして派手ではない、むしろ地味で大人しいのに、そこはかとなく漂う華やかな清らかさ。周りの空気を包み込むような優しいたたずまいに、一目で胸が高鳴り、心を奪われた。こんな気持ちは初めてだった。ほんのわずかな間だが、優子に見とれてしまった。
「柚木といいます。よろしくお願いします」
柚木は、やっと医者である自分を自覚し、クランケである優子に自己紹介を言った。
「紹介状を読ませてもらいました。大変お辛い状況にいらっしゃるとお察しします。失礼ですが、独身でいらっしゃいますか?」