年が明け松が取れる頃、会員会社の口の端に“アフリカ旅行”が上り出し、ようやくこれまでの会社が気づいた。あわてて吉村事務局長に掛け合ったが、「天の声というかなぁ、だれかの甥っ子だかが、まったく困ったもんだよ」と、のらりくらりかわされた。

この会社は大手マスメディア系列のイベント会社で、これまで講演会や旅行を一手に取り仕切ってきた。庭先を土足で荒らされ怒った竹田という役員が、ついに唯井に「一度ぜひお会いしたい」とやって来た。

最も恐れていたことだった。やっと落ち着いた職場で、独断で顧問を通じて旅行の提案をしたなどと、バレると致命傷になりかねない。応接でしばらく探り合いの雑談のあと、「ところで今回のご提案は、上司のかたはご存知ですよね」と、やんわりとしかし厳しく核心を突いてきた。唯井のしどろもどろの返答をみた上で、竹田さんは

「まあ、来年はお手柔らかに」とそこで矛をおさめた。ぐっしょりとわきに汗をかいて席にもどると、まわりからは「なにをコソコソやっているんだ?」という視線だ。しかし三十半ばの唯井にはもうあとがなかった。知らないふりで耐えるしかない。

じっとしていると、またぞろこれまでの苦い記憶がフラッシュバックしてくる。子供の頃プロの将棋棋士をめざし果たせなかったことも、これまでの度重なる司法試験の失敗も、あの怪しげな高収入の会社も。しかし、もう今までとは違った。言い訳のできるような次の逃げ道など、残っていなかった。

マツさんの旅行企画はやがて、竹田さんの会社と共催の形で正式決定され、事務局の働きかけもあり最終的な参加は百社近くになった。アフリカやケニアの自然と新鮮さが意外に受けたのかもしれない。行く先は唯井が本で知っていたはずの古代遺跡がねむるケニアの大地とは無縁だったが。

 

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