少し前方に立て看板を見つけた。もう少し近づいてみると、定食屋の看板だった。

黒い板に白字で焼き魚定食千円とあり、かっこして「サバ」と書いてあった。定食屋の前まで来た。サバを焼くいい匂いが店外まで漂っていた。きっとおいしいに決まっていると美代子は決めつけて、腹ペコの体で暖簾を左右に分けて入った。

「いらっしゃい!」と威勢のいいお兄さんの声が迎えてくれた。お昼の時間が過ぎていたので、近くのサラリーマンたちが一巡した後で、店内は空いていた。奥まった席に通されたので、美代子は躊躇なく「サバ焼き定食」と席に座る前に注文した。

カウンターの向こうでは頭に鉢巻をした若いお兄さんが、炭のコンロでサバを焼き始めていた。

お兄さんが振り向いた時、丁度美代子と目が合ったので、お兄さんが

「ジムの帰りですか?」

と問うてきた。

「ハイ。どうして?」

「顔つやが良くて光って見えたもんで」

「そうですか」

「光っていますよ。お姉さんはより美しく見えます」

「ありがとうございます」

「うちはジムの利用客が多いんだけど、あまり見かけませんね」

「今日が初日なんです」

「このサバも相模湾で取れた秋サバで、初入荷です」

「ほら、脂が乗ってるから煙が立つでしょう! 旨いよ!」

店内は焼く魚の煙でいぶされたのか全体が黒ずんで、年季が入っている様子だった。