「マザコンの彼と破局になったとき、人間不信になって、結婚という二文字を封印したつもりだったの。仕事も楽しかったし他に生きがいも感じていたから、自分でも縁談話が持ち込まれた時、どうして豹変してしまったのか、運命のいたずらと言うしかない」
美代子は過去を振り返ってしみじみと思いを馳せていた。
「人間の信念なんてそんなに硬い物じゃないのよね。誰しも揺らぐの。貴女だけを責めてみても仕方がないことよ。まして過去は一日たりとも帰ってこないもの。これからどう生きるか前向きになることが大事だと思うわ。元気出しなよ」
花帆の言葉に
「納得するわ。広い屋敷に話し相手も少ない中にいると憂鬱になるの」
「私たちだって、日中は子供たちが学校や幼稚園に出かけると、一人だから同じよ。今度フィットネスに行くと言っていたでしょう。もっと外の空気を吸うのよ。いい機会だわ」
と結衣が目を輝かしながら背中を押してくれた。
花帆が急に一八〇度違う話題を持ち出した。
「私ね最近、歴史小説、特に戦国時代の武将を描いたものを読んでるの。戦国時代は男社会でしょう。その中でいかに他人を押しのけて親方の目に留まるか知恵を絞ってるのよね。今の時代と違って男女同権の世界じゃなかったから、男は女に相談するということなんか考えられなかった。だから男一人思考回路を働かしながらベストな答えを自身で導き出した。
武士の世界では同僚にも相談することはまれで、現代版、顔をうかがって敵を知る、の戦法だったのよ。今は主人が嫁さんの顔色をうかがいながら、時に申し開きする家庭が多いと思う。財布の紐は奥さんが握っているし、かなりの権限を持っている。でも美代子みたいに心が満たされない人もいる。何かが足りないんだよね。何かは何?」