その日は志摩地方には珍しく朝から雪花が舞っていた。美紀が病室を訪ねると、点滴には繋がっていたが体調が良いのか智子はベッドに上半身を起こして座っていた。

「外は寒いのに調子良さそうじゃない。退院も近そうね」

洗って持って来た下着の替えをベッド脇の枕頭台に仕舞いながら美紀は智子に軽口を叩いた。

「たまにはこんな日もあるのさ」

智子は打たせたモルヒネが効いているのかいつも浮かべている痛さに引き攣るような表情もなかった。

「喫茶店もスナックも商売は順調よ。でも、知っての通り壁紙やら何やかやとガタがきているわ。少し手を入れようかと思っているの」

「あれを始めてからもう二十年以上も経つからね。安普請の家やったけど、お陰で人並みの生活を続けさせて貰うことができたよ」

智子は美紀から視線を外し病室の窓からちらつく雪を眺めながらそう言った。

「それはお母さんの頑張りがあったからよ。感謝しているわ」

美紀がそう言うと智子は照れたような力の無い微笑みを浮かべた。外で舞う一月の雪が無意識にそうさせたのか美紀はふと母に訊ねてみたくなった。

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次回更新は1月7日(火)、22時の予定です。

 

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