鬼島はピラミッド状岩壁を見上げ、ルートを確認した。鬼島の視線は岩壁の中腹から右斜め上に延びるランペ(岩壁を斜めに上昇していくロッククライミングピッチ)のラインをたどっているようだった。そして、岩壁を直上しようとして行き詰まっている先行パーティーを一瞥しながら言った。

「バカが、ここは右から巻くように抜けるんだ」

「右ですか」

「そう、右側のカンテ(岩壁と岩壁を分ける稜)を回り込んで池ノ谷側のルンゼを登る。回り込むまではノーロープで行ける」

「教えてやりましょうか」

「ほっておけ。ワカンも持たず、スコップも持たず、こんな岩壁のルートファインディングさえできないようなやつが冬剱に来るっていう神経が俺には信じがたい。せいぜい剱の厳しさを思い知ればいい」と言って鬼島は、ロープを繋がずにピラミッド状岩壁に取りついていった。

まずは疎(まば)らにはえているダケカンバの木の間を縫うように岩壁を登り、途中の切り立った露岩もアイゼンの前爪を上手く使い難なく突破してしまった。川田も鬼島から数メートル離れて続いた。

十五メートル程度登ると、左の方で立ち往生している先行パーティーのリードクライマーと同じくらいの高さに達し、足場が細くきわどいランペに出た。このランペに導かれて進むと、二十メートルほどでカンテにたどり着き、それを越えると完全に池ノ谷側の側壁に出た。ランペは足を乗せるスタンスがわずかしかなく、ワンミスが命取りだった。