人生ではじめて恋をしたのは幼稚園生のときだった。ひろと君は幼稚園の年長のときに転入生として入ってきた。おかっぱ頭で、体が小さく、血色の悪い顔はいつも何かに怯えているようにうつむいていた。
自由時間は大抵一人で絵を描くか、積み木で遊ぶか、砂場でひたすら穴を掘ることに熱中した。自ら友だちの輪に入ることはなく、むしろ誰も自分の世界に入ってこないように見えない壁を張り巡らしているようだった。
勇気のある子が話かけても、ひろと君は黙って目を逸らし、まるで何も聞こえなかったかのように自分の殻に閉じこもった。
周りはそんなひろと君を当然、敬遠した。園児に一番人気のくみこ先生でさえどう扱っていいのか悩んでいた。しかし、私だけは違った。ひろと君を一目見たときから、自分たちとは違う世界に生きている彼に惹かれた。そして私も彼の世界に入ってみたいと思った。
私はひろと君が砂場で穴を掘っているとき勇気を出して声をかけた。ひろと君は驚いてスコップを持つ手を止めて横目で私の姿を見た。そのときはじめて目と目が合った。私はこのチャンスを逃すまいと口角を上げて精いっぱいの笑顔を作った。
しかし、ひろと君はもう自分の手元に視線を戻していた。まるで声は幻聴だったとでもいうように。そして、さっきよりも幾分乱暴にスコップを砂に突き刺し、すくいあげた。
私は無視されたのを知った。他の子と同じようにひろと君の世界に入ることを拒まれたのだ。それでも私は動じなかった。そもそも一度声をかけたぐらいで簡単にひろと君が心を開いてくれるとは思っていなかった。それよりも、私は一瞬でもひろと君と目が合ったことが嬉しかった。
次に私がとった行動はひろと君の近くに座ることだった。
「ねえ、私も穴掘っていい?」
ひろと君はまったく予想もしていない展開に驚いたのか、再びスコップを持つ手を止め、私を見た。しかも今度は数秒間じっと。私はその間、ずっと満面の笑みを浮かべ続けた。私はけしてあなたに危害を加えるつもりがないと示すように。
ひろと君は何も言わなかった。ゆっくりと視線を外し、穴を掘りはじめた。スコップは斜め四十五度の角度から砂を突き刺し、これ以上乗りきらないぐらいの量をすくいあげた。ひろと君はその砂を自分の左横に頭と同じ高さから落とした。掘られた分と同じ量の砂の山がそこにできていた。
ひろと君は私には一切視線を向けなかった。かといって無視しているという感じではなく、掘りたいなら勝手にどうぞと言っているようだった。私は遠慮せず、空いたスペースを自分の陣地に決め、スコップの代わりに手で穴を掘りはじめた。砂は中が冷たく、手で掘ると気持ち良かった。私はいつの間にかその単純な作業に熱中した。
【前回の記事を読む】あの人は私を磔にして喜んでいた。私もそれをされて喜んでいた。初めて体を滅茶苦茶にされたときのように、体の奥底がさっきよりも熱くなった。
次回更新は12月26日(木)、22時の予定です。
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