「……」

「このまま座して、死を待てと、おっしゃるんですか?」

「病院ではできるだけのことを、……対症療法になりますが、……これからは、具体的に転院先の病院で相談ということに……」

医師は逃げ腰になっていた。

「筋肉のストレッチは、どうですか?」

私はなおも無駄な質問をして、食い下がった。

「あまり筋肉を使っては、かえって破壊することになります。リハビリ程度に動かすということです」

「……」

私の質問が尽きると沈黙が続いた。看護師は少し離れた場所で、メモを取っていた。外界と切り離されて、テレビで見る刑事もののドラマで供述調書を読み聞かされている、そんなワンシーンが再現されているように感じた。自分の力の及び難い非現実感の中で、私はさまよっていた。妻に解決策も逃げ場もないことをどう伝えたらいいのか。

『自分達が何か罪を犯したというのだろうか』

医大生から病名を告げられた時も、あれほど取り乱した。意味のないやり取りだけど、ここから先には進みたくない。実態のない世界に一人でぽつんと座っているような感じだった。

京子は痛いところも、苦しいところもない。歩きづらい、重い物が持てない。それだけだ。ほんの少しずつ、何もかもができなくなった。それだけのことなのだ。

「よろしければ、続けますが」

少し間が生じたのを詰めるように、医師が言った。

「はぁー? はい」

今の私は、決して分かり合えない人と対峙しているのではないか、と思うぐらい、混乱していた。

「末期には呼吸困難が発症します。勿論、そこから人工呼吸器という選択肢があります。そのためにも、奥さんとよく話し合ってください。それと退院までには、胃瘻の造設をしたいと考えています」

まだ、医師の説明は終わっていなかった。このまま沈黙がずっと続いていけば、京子の病室に帰らなくて済む。私の心は無意識に苦しみから逃れようとしていた。