追跡

何となくお気軽に生きてきたせいか人より打たれ弱い。というより事態が重すぎていないか? たとえるなら、体も鍛えてなく練習もしてない人間が、いきなり最盛期のマイク・タイソンのストレートパンチを食らったようなものだ。

生まれて初めて体の血の気が引く感覚に襲われた。トシカツはスマホを片手に動けなくなっていた。どれくらい時間が経ったのかわからないが、フッと我に返る。目をパチパチしてフゥーッと息を吐いた。

呼吸はしているか? 心臓は動いているか? 体のシステムチェックをしてみる。どうやら生きている。とりあえず考えよう。まだ目の前にあるものは北区の家以外に、享子が10時間もいられる場所があるという現実だけだ。

落ち着け、まず深呼吸しよう。幽体離脱して、上から状況を鳥瞰図的に見てみた。いいのか? トシカツその先に行ってもいいのか? 探ってみるのか? 鬼が出るか蛇が出るかわからないぞ? 結局、鬼も蛇も邪も全部出てくるのだけれど。

トシカツは思った。何のためのGPSだったのだ。浮気とか何もなかったと安心したかったのか? 真実をあぶりだしたかったのか? こんなことをしない方がよかったのか? 平井堅の曲の『ノンフィクション』が頭の中でリフレインしている。

氾濫した大河は、海に流れ出し大きくエネルギーを貯め、静かに潜んでいる。

トシカツがGPSを頼りに住町に行くと、享子の車が停まっていた。しかし車載のGPSだから駐車場の車の位置までしかわからない。

見渡せばワンルームの2階建てのアパートが2棟、40部屋。この中の1部屋であることは間違いないのだが、40分の1。

大きな声で騒ぐわけにもいかない。歯がゆい気持ちのままトシカツはその場を立ち去る。トシカツは、現実が目の前にあるというのにまだ受け入れられない。だから立ち去るというより逃げたのだ。

昔からトシカツは、壁にぶつかると乗り越えようとも思わず、要領よく周りの抜け道を探しては生きてきた。アベレージな人間だからこそできたのだろうね。だからこんな許容オーバーな現実は、トシカツには受け入れることは無理だろう。

とりあえず仕切り直しとなる。この二の足を踏む性格が、大事な場面での失敗の原因となっていく。