結婚

それでも結婚しちゃえばこっちのものとまでは言わないけど、前に勤めていた会社を上司とケンカして辞めてから、まだ定職にも就いていないトシカツだから、享子は当然お金に困る。結婚の成り行きが成り行きだけに、自分の実家にも頼れない。

享子は、おっとりした顔立ちだが、物凄く芯の強い女である。よくいえば頑張り屋、悪くいえば意地っ張りなのだ。自分の親にも頼らず意地を張った、頑張った。

臨月だというのに長時間立ったままスーパーでレジを打っていた。頑張ってやっと長男も生まれ、トシカツもやっと定職に就き、何となく家族として成り立っていった。次男も生まれ、トシカツ待望の女の子、長女も生まれた。

トシカツといえばそんな享子の頑張りに感謝もせず、毎晩飲みに行き、麻雀で朝帰りと好き勝手に生きていた。しかし、このツケが後々何百倍にもなって返ってくるのだから、人生とはほんとに怖いものである。

長男も大きくなり、近くの短大に進学し卒業した。さらに、この短大からは岐阜の大学に編入できて、そこを卒業すると、大学卒業の資格がもらえるシステムになっている。享子とトシカツは相談して長男の岐阜進学が決定となる。

そうなると棚とか自転車とか、長男の岐阜での生活必需品の移動が必要となり、プチ引っ越しとなる。夫婦二人でレンタカーのワゴン車を借りて、片道180キロの岐阜を目指した。

その頃は今みたいにカーナビがあるわけでもなく、最初は地図など見ながら、右か? 左か? と言い合いとか、家庭内のことなど車の中でケンカとかもあったが、ケンカするほど仲がいいともいう。

いいコミュニケーションになったりして、慣れてくると道中の長い時間が楽しい。おにぎりを食べながら、おしゃべりしたり、観光したりと余裕も出てきた。そうなると今度は岐阜城、次は大垣城などと楽しみも広がっていった。

その頃には、長男も学校を卒業して、就職もしていた。トシカツは計画を立てて姫路城まで出掛けるくらい楽しくなっていった。トシカツは絵に描いたような幸せを味わっていた。

老後の趣味的には、日本100名城、お城巡りなんて良いな、とか思ったりした。世間の夫婦もそんな感じで、温泉巡りのフルムーンなんて流行っているのだろうと思う。

とはいえ、トシカツは、日曜日しか休みのない仕事に就いていた。連休もないから、お城巡りも日帰りばかり。朝4時に出発なんて当たり前となるけど、眠い目をこすりながらも楽しかった、日曜日は夢のように楽しかった。

それもそのはず、平日は「すれ違い」の生活である。トシカツは仕事が朝早いから、夜は早く寝る。そのため夜は8時くらいからお酒を呑み、夜10時には寝ている。

享子は夜11時に出勤して、スーパーのレジ打ちをする、だから夜10時まで家で寝ている。享子は朝6時まで仕事をしているから家への帰りは朝7時。トシカツといえば朝7時前には家を出て仕事に出掛けて行く。まるで計算されたような「すれ違い」である。

今考えればこの離婚原因の一つにも挙げられる「すれ違い」が、これから起きる地獄道への伏線だったのだろう。