序章 新たな預言

英良の章(一)  振出し

英良は仕事から帰った後ビールのロング缶を二本とハイボールを二杯飲んだ。その後は仕事の疲れから睡魔が襲ってくる。英良は暫く椅子に座って背もたれに頭を預けていた。英良はうたた寝すると、首が後ろへ向く癖がある。この時も後頭部が背もたれの上にきた。

自分の意識体だけが肉体を離れて浮遊している説明のつかない状況が今ここで起きてきている。夢の中を闊歩したと思った後に理由もつかない筋肉痛や精神的な疲労感。極度の緊張から解放された時の安堵感が起床後に英良を襲うのは現実であり夢と思われた事象は全て意識と連動した英良自身の体験であり事実だということを認識せざるを得ない。

英良はふと目覚めた。時計の針は午前二時二十五分、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し飲んだ。一度深く深呼吸し、布団に入った。

身体が深い淵の中へ沈み込んで行く。また悪夢でも見るのではないかと嫌な感じがした。英良を蹂躙するような遥か遠い古(いにしえ)の記憶や宿命が悪夢のように過っていくようだ。誰かが語り掛けて来る。遥か古から英良の魂の記憶に膠着してきたあの声が響いてくる。

「エリーナ・モーセだ。極東の光の子よ。世界中から悲痛な声が聞こえて来る。苦しみ嘆き今まさに生命を終えようとする者達の声が聞こえて来る。光の子よ今おまえがなぜ生かされているのか。その真意を教えよう。

優里を覚えているか。この娘は聖なる五人の聖女の一人だ。それに美姫と美咲も同じだ。運命の螺旋はおまえの力に寄ってくる。インドに住むエヴァ。この若い娘も聖なる五人の聖女だ。残るは月読みの使徒と名乗る者がおまえの元へやって来る。この五人に子を授けるのだ。

光の子は人の心を蝕む闇を止めるだろう。全てはおまえの複雑に絡んだ運命の糸の端。それを解きほぐしおまえのやることを理解しろ。力ある人間よ。おまえの宿命を忘れるな。欲深き人間はこの星の命運を変えてしまうだろう。おまえの子が世界に蔓延した闇の力を穿ち堰き止める。

今こそおまえと五人の聖女の力が必要だ。こうしている間にもおまえの心の隙に入り込もうとする闇は人間の姿に変え欲を掻き立てる。今こそ判断を誤るな。おまえと聖なる五人の聖女に光を与えよう。シャローム」

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