その子は頑固に私を引っ張ります。その子に手をひっぱられて、仕方なく部屋を出て運動場に降りる階段のところまで来ました。
そこで異常な光景を目の前にして、私は思わず立ちすくみました。一見して、ただごとではない状況でした。
心配そうにそのお兄ちゃんを、覗き込んでいる子も僅かにいましたが、他の子たちは普段通りボール遊びやそれぞれのことに夢中です。覗き込んでいた子も、すぐに駆け去っていきました。周りは普段通りなのに、そこは明らかに違った世界でした。
お兄ちゃんは鉄棒にビニールテープを巻いて、自分の首を吊っていました。ゼイゼイと息苦しそうな呼吸をして、唇は紫色に変色し目は細く虚ろでした。
私は彼の首への負担を少しでも和らげなければいけないととっさに思い、彼を抱きかかえました。お兄ちゃんの体は脱力していて、通常の重さではありません。私は、必死に支えているだけでした。運動場でボールを蹴ってあそんでいた上級生の名前を大声で叫びました。数人がけげんな表情で駆け寄って来ました。
「職員室に行って、寮長先生を呼んできてくれ」
そこにいた職員は私だけでした。とにかく大人の助けが要ります。中学生たちは訳も分からず驚くばかりでした。
「早くしろ、この子が死んじゃうぞ」私は、中学生たちを追い立てるように声を張り上げました。
私の剣幕に驚いて中学生の数人と小学生も何人か駆け出しました。
「ハサミがいる。ハサミも頼む」
私は走り出した子どもたちに向かって叫び続けていました。
寮長が来るまでが本当に長く感じられました。お兄ちゃんの様子も、だんだん力がなくなりぐったりしていきました。寮長が数人の保母さんと走ってきて、お兄ちゃんの首に巻きついていた梱包用の平らなビニール紐を鉄棒との間で切り離し、ひとまず彼の体を地面に横たえました。
私がそれまで声をかけ励ましていたことに弱いながら反応がありましたが、首への拘束がなくなったのか意識も弱くなってしまったようでした。
【前回の記事を読む】「内定取り消し。」卒業間近に慌てていた私も、その場内定をもらって一安心していたのに…事務から受けた連絡で言われたのは!?
次回更新は9月17日(火)、21時の予定です。