私は、その頃、政治家では田中角栄と不破哲三に人間的な魅力を感じていました。自分の考えを、口角泡を飛ばして無理に人に押し付けるような人間は、あまり好きではありませんでした。例えそうであっても、その人の存在そのものが周りをひきつけ感化していくような人がどちらかといえば信用できます。
思想とか主義主張も大切ですが、人への興味の方が強かったような気がします。そんな私は、学生運動にはあまり向いていなかったかもしれません。
サークル活動も熱中することもありましたが、どこかで冷めていたと思います。どんな活動をしてきたかということより、今となっては活動を共にした仲間が懐かしいだけかもしれません。
数年前から同期のメンバーで集まっていましたが、ここ数年はコロナ禍で中断でした。いずれ再開したら、今度はどんな集まりになるのか楽しみです。
一人暮らしになった仲間もいます。独居老人とか孤独死が、先に待ち構えているだけではどうも味気ありません。せっかくの仲間です。これからも会う機会があり、楽しさを分かち合えたらそれでいいです。
大学を卒業して、友人たちはそれぞれ就職先を決めていきました。私も神奈川県リハビリテーションセンターを受験し、一次試験を無事通過して余裕でいました。ところが、その後の面接試験で不合格になりました。リハビリテーションの専門職になっていたら、別の人生だったかもしれないと思っています。
その当時は何となく目新しいことをやってみたいという程度だったので、面接官の方はそこをしっかり見抜いていたのでしょう。私は何かにつけて詰めの甘い人間のようです。卒業も間近だったので、慌てて学生課でまだ残っている採用試験を探し、東京都青梅市の児童養護施設の面接を受けました。幸いその場で内定を頂きました。
やれやれと一息ついて過ごしていた数日後、その施設の事務の方から内定取り消しの連絡を受けました。退職予定者が継続して働くことになったとの説明でした。
「その人も大変なんだなあ」と、何となく了解していました。それから2年間、就職浪人です。学生時代の後輩が心の支えでした。ピアノを教えてもらったことや、食事をご馳走になったことは忘れられません。思い出す度に感謝です。