その年の夏、娘が中学校の修学旅行に行っている間、千恵と二人で香港・マカオの旅に出かけることにした。娘ができてからというもの、娘中心の生活となり、二人でどこか旅行に出かけるなど一切なかった。

旅行に行く数日前、抗がん剤投与のため、腕に針を入れたところ、なかなか入らず、ポートを体内に埋め込んでから投与することになった。採血や点滴などもポートを使用すれば、痛みを感じることなくスムーズにできるとのことだ。千恵は医師に、

「近日中に、海外旅行に行くのですが、空港のセキュリティーゲートは大丈夫ですか?」

と尋ねた。医師は、

「プラスチック製なので大丈夫です。画像には写ると思いますので、何か聞かれたらinfusion port for chemotherapyと言ってください」

と紙に書いて千恵に渡してくれた。

私から言い出した海外旅行に、どうしても行きたかったようだ。千恵は、その紙をパスポート入れに大事にしまい、おまじないでも唱えるかのように何度も口ずさんでいた。

千恵は、行きの空港で、

「小腹が空いたから、たこ焼きとビールにしない?」

とても楽しそうに見えた。私も、

「それ、いいね」

と相槌を打ち、お店に入った。出国する前の食事は何故かとても美味しく感じる。わずかな時間でも、千恵が病気のことを少しでも忘れ、楽しいひとときが過ごせるよう、私も一緒に楽しんで過ごそうと思った。