「先(さき)の臣下(しんか)であった正成(まさしげ)は、かつて微力(びりょく)を使(つか)い強敵(きょうてき)を倒(たお)すことで先帝(せんてい)の心配(しんぱい)を取(と)り除(のぞ)きました。

しかし、間(ま)もなく、天下(てんか)は乱(みだ)れ国賊(こくぞく)が都(みやこ)を攻(せ)め、ついに、正成(まさしげ)は湊川(みなとがわ)において命(いのち)を落(お)としました。

臣下(しんか)である私(わたし)は、その時(とき)十一歳(さい)で、父(ちち)の命(めい)を受(う)け河内(かわち)に帰(かえ)りました。

それから、一族(いちぞく)の生(い)き残(のこ)りを集(あつ)め、国(くに)に害(がい)を与(あた)える者(もの)を倒(たお)すことで父(ちち)の行(おこな)いを見習(みなら)いたいと思(おも)います。

私(わたし)も壮年(そうねん)になりました。ただ待(ま)つことだけの身(み)で行動(こうどう)することができなければ心(こころ)の病(やまい)にかかり、上(かみ)は不忠(ふちゅう)の臣下(しんか)となり、下(しも)は不孝(ふこう)の子(こ)となってしまいます。

今(いま)、国賊(こくぞく)である悪(あく)の頭(かしら)は大規模(だいきぼ)に兵(へい)を集(あつ)め、ここを攻(せ)めようとしています。これは私(わたし)が命(いのち)を懸(か)ける場(ば)として、まさに秋(あき)の豊(ゆた)かな実(みの)りのようでございます。

私(わたし)が賊(ぞく)の頭(かしら)の首(くび)を取(と)ることができなければ、賊(ぞく)に私(わたし)の首(くび)を与(あた)えましょう。

雌雄(しゆう)の決戦(けっせん)は、この一戦(いっせん)にあります。願(ねが)わくは一度(ひとたび)、陛下(へいか)のお顔(かお)を拝(はい)して戦場(せんじょう)に行(ゆ)くことをお許(ゆる)しください」

正行(まさつら)は言葉(ことば)を終(お)え、涙(なみだ)を落(お)としました。

後村上天皇(ごむらかみてんのう)は前(まえ)の簾(すだれ)を上(あ)げてから正行(まさつら)を見(み)つめ、親(した)しく労(ねぎら)いました。

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