職場のロッカーに荷物をしまっていると、同僚のあさみに「しずかさん、おはようございます。今日、イタリアンのランチ行きません?」と声をかけられる。
「ごめんなさい。お弁当持ってきちゃったのよ」と断る。自分は外でランチをしている余裕はなかった。新宿でランチなどに千円以上使ってしまったら、一時間分の時給が消えてしまうのだ。
仕事が終わって急いで帰る道すがら、今日、課長から言われた言葉を反芻していた。またミスをしてしまってお客様から怒鳴られたのだった。どうすれば再発しないかよく考えて反省文を書きなさいと言われた。
この会社では派遣社員のミスによって生じた取消料などは派遣社員本人が自腹で払わなくてはいけなかった。同僚の中には約八万円の料金を払わされてその月の給料がなくなったと嘆いている人がいた。
(そろそろ辞めどきかな)と思う。派遣社員の中で四十代くらいから上の女性に対してはとにかく風当りが強い。しずかは四十五歳で二か月後には四十六歳になる。こうして何度派遣先を変えたことか。ここも年下の同僚ばかりになってきて、だんだん肩身が狭くなってきた。
そんなことを考えながらスーパーの中をぐるぐる回っていたが三周しても食べたいものが見つからなかった。
やっと買い物を済ませて大きな買い物袋を提げて家路についた。団地の十階までエレベーターで上がると溜息をつく。疲れた……。
しずかが夫と二人の子供と暮らす団地は東京都練馬区にある。新宿駅から地下鉄に乗り二十五分、駅から歩いて五分。団地の十階にある3LDK(七十二㎡)で家賃十八万円。三歳上の夫は銀行員で給料五十万円ほどだったが、生活費はいつも八万円しかくれなかった。
結婚したころはしずかも働いていたのでそれでよかった。だが仕事を辞めて子供が生まれてもその額は変わらず。八万円だけでは成り立たないが足りないと言ってもそれ以上はもらえなかった。
残りの給料は家賃と光熱費などの公共料金、保険料、教育費、交際費等のほかは貯蓄や株などの投資に使われているようだったが内訳はわからない。