東京近郊のベッドタウンの最寄り駅で電車を待つ間に、以前は煙草を吸う人間が多くいたものだ。ホームには靴で火を消された煙草の吸い殻が捨てられ、ラッシュ時間が過ぎたころ駅員がそれを掃除する光景もよく見られたが、今はホームはもちろん駅周辺も禁煙で煙草を吸う人間は見当たらず、それに代わってほとんどの人がスマホを見ている。時代は変わったものだ。

秀司も何度か禁煙を試みたのち、今では最後の喫煙から十五、六年経つ。酒も食事も美味しくなり、洋服に匂いも付かない。他人の煙草の煙を吸うのは喫煙中でも不愉快だったので、煙草を吸わないのが当たり前の世の中を秀司は歓迎している。時代は変わったのだ。

そして携帯電話の普及で男と女のコミュニケーションの取り方も大層変わってきた。

今はスマホだ。秀司もスマホを操作する。

「初めまして。ケンジと申します。

六十一歳。 既婚。

都内の大手金融機関で不動産関係の仕事をしています。

身体を動かすことが好きで、若い頃はバスケットボール、テニス、ダイビングなどをしていましたが、最近は読書、海外のテレビドラマ、食事とお酒などすっかりインドア派になってしまいました。

何しろ美味しい食事とお酒を頂いているときが最高に幸せで、恵比寿、神楽坂、銀座などによく出掛けます。

ご一緒頂ける大人の女性とお会い出来れば嬉しいです」

秀司がケンジという名で登録しているサイトに新着メールが届いていた。

「ケンジ様。はじめまして。エリカと申します。

プロフィールとお写真に惹かれてメールしてみました。落ち着いた大人の男性でいらっしゃるのですね。でもとてもお若く見えます。

私は二人の子供と暮らしているシングルマザーです。それでも宜しければ少しお話し出来れば嬉しいです」