第一章

5

パパが鼻歌を口ずさんでいる。ビューティフォ、ビューティフォ、ビューティフォ、ビューティフォガール……。

サビ以外は何を歌っているのかはわからなかったけど、優しい歌であることはよくわかった。パパは上機嫌だった。

強い日差しに目を細めながら、今日子はパパの背中を見ていた。丘の上の市民プール。ママと口喧嘩したパパは、今日子と聡を連れてここにやってきた。

パパは学生時代に水泳部で活躍したということもあり、海やプールが大好きだった。潜水が得意で、ダイバーのように水に潜っては、子供たちの足をひっぱって喜んだ。そんなときのパパは、どっちが子供なんだと思うくらいに楽しそうだった。

聡はいま泳ぎの練習の真っ最中。今日子はパパの背後で寝そべって、真夏の太陽を浴びていた。パパは鼻歌を口ずさみながら、ときおりプールで泳ぐ聡に声をかけてはアドバイスをしている。

突然、今日子の顔に何かが飛んできた。咄嗟に手で払いのける。芝生の上に落ちたその物体を見た瞬間、今日子は小さな悲鳴を上げた。

「バッタ!」

今日子は跳ねるように立ち上がった。パパが振り返る。

「どうした」

今日子が指差すと、パパは平然とバッタを手でつかみ、野球のピッチャーのように放り投げた。

「もう大丈夫だよ。今日子」

パパは笑いながら両手を広げた。今日子が胸に飛び込むと、パパはぎゅっと抱き締めてくれた。

あたたかくて、おおきい。夏の暑さとも、火の熱さとも違う。ずっと包まれていたいあたたかさ。

パパのコロンの匂いが鼻をくすぐる。おもわず胸がきゅんとする。このままずっと抱かれていたい。今日子はそう思った。

プールの端で水遊びをしていた。爽やかな夏の風が頬を撫でる。真夏の太陽が、屈み込む今日子の背中を焼いている。

「パパー!お姉ちゃん!」

聡の声がした。

「聡」

声の方に顔を向けて言葉を発したそのとき──。すさまじい雷鳴がして、大地が激しく揺れた。今日子は咄嗟にしゃがみ込み、地面に身を伏せた。

「今日子!」とパパの声が背後から聞こえたが、振り返る余裕がない。