私は大学卒業後、感染症の診療をするために「総合診療部」という内科に入局しました。ですので、最初は内科医としてエイズや慢性C型肝炎の患者さんの治療をしていたのです。
しかし、研修医としてたまたま高齢者医療を専門とする病院に勤務したことが転機になりました。この病院での勤務経験がきっかけとなり、私は徐々に高齢者の医療に関わるようになっていきました。
私が診療所を開業して最初に取り組んだのは自宅での終末期医療でした。現在では訪問診療を受けながら自宅で最期を迎える終末期医療はそれほど珍しくありませんが、私が開業した頃は自宅での看取りに興味を持つ医師はほとんどおらず、同僚の医師からはそんなことをして何になるのかと言われていたものです。
私が研修医の頃、もし心肺停止の患者さんを診たら、何がなんでも救命措置を行うことこそが医療と思われていました。意識がないのに何度も何度も蘇生され2週間ほどICUで過ごした後、息を引き取られるというような終末の姿もよく見ました。
若かった私は、そのような医療現場に疑問を感じ、不要な蘇生はするまいと考え、そのような医療行為につながりやすい不要な入院を減らすことを目指して自宅での看取りの仕事を始めたのでした。
こうして自宅での終末期医療を始め、患者さんの家庭を訪問することになったのですが、そこには〝治療だけを考えればいい病院〞ではまったく予想できなかった世界が広がっていました。
当然ですが、そこは実際に人が生活している場所だったのです。生活の実態を直接見ることで、患者さんの不快さが病気だけで生じるわけではないことがよく理解できました。
寝たり起きたりを繰り返す独り暮らしの患者さんにとって、玄関の呼び鈴の音で起き上がり急いで玄関のカギを開けることがどれほど大変なことか、病院で働いていた時はそんなことすらわかっていませんでした。
食事の問題、入浴の問題、排泄の問題、室内の歩行の問題、家族関係の問題が、病気の症状とは別に存在することを実感するようになったのです。そして患者だけではなく患者と同じように家族の心理にも気を配る必要があることを知るようになりました。
在宅医療に携わりながら、病気だけを診るのではなく患者を支える生活にも関わりたいと思うようになり、次の段階として介護の世界に足を踏み入れました。