「ほんと、上手かったと思うよ。フツーの男だったら三回くらい抜かれてたって」
タツマさんは語尾に力をこめた。信号が緑に変わり、ハンドルを握る手の輪郭が浮かび上がる。
「でも途中から逆転したじゃないですか」
「主導権握らせてから、ひっくり返すのが楽しいんよ」
「なにそれ」
「M男くんなら最後までやれたかもね」
「次は成功させますから」
今さらのように、ゴムを自分でつけられなかったことが悔やまれた。もっと力づくでしていればよかったと一人で反省会をしていると、どうしようかなあ、と彼が前を向いたまま言った。
「嫁と別れて結婚しようかな」
「誰と?」
彼は私の名前を言った。またまた、と笑う。
「私が断ったらどうするんですか」
そう言うと、すごくショックを受けたようだった。
既婚者相手は気楽でいい。何度身体を重ねても、この関係がなにかの形や約束になることはなかった。
夜の街を回遊し、目的地のない旅を謳歌した。その日は、スーツの薄い肩に降り立ったのだった。
「うーん、やっぱり、よく笑う子かなあ。あとは優しい子とか」
たっくんは小柄な体をスーツの中で泳がせて、頼りないのようだった。
「そもそもタイプの子って言っても、そんな、僕が選べる立場じゃないから」
二十四歳の彼は落ち着きなく、自分をいたわるように腕を撫で続けていた。校長室風の個室でテーブルをはさんで合皮のソファに座ると、まるで新任教師と二者面談でもしているような気持ちになってくる。中学で問題を起こした際に、親を呼び出されて教師から夜中まで説教されたことを思い出した。
彼は時季外れに実ったのような声で、ぽつりと言った。
「彼女ができたことがなくて」
「へえ、そうは見えないですね」
「ほんとに?」
「でも、高校の先生が大学に行ったらどんなやつでも絶対に恋人ができるって言ってましたけど」
「そんな、絶対じゃないよ。大学は勉強ばっかりだった。お金もなかったし。でも、就職したら今度は時間がなくて」
「大丈夫だと思いますよ。うちの会社もそういう人は多いですから」
そう言うとなにを勘違いしたのか、彼は曖昧な乳白色の笑みを浮かべながら隣に座ってきた。木の下に立っただけで勝手に枇杷の実が手の中に転がりこんできたような感覚だったが、現実は果実ではなく、期待に目を輝かせた成人男性だ。