「だいじょうぶ。だいじょうぶだから。このまま、電話で話したまま、タクシーを停めてくれる?」
「タクシーの運転手に住所が言えないから、だめだよ」
「だいじょうぶ。今持っている電話をタクシーの運転手に渡してくれたら、私が、家の住所は言うから心配ないから。お金は、家に着いたところで、私が払うから」
「わかった」
「タクシーいるかな」
「いないよ。足が痛いな」
「お願い、タクシー来てよ……」
私は、受話器から聞こえる音に全神経を集中させていた。車が行き交う音が聞こえてくるだけで、夫の言葉はない。
「停まってくれた!」
「あ……、良かった。じゃあ、そのまま乗って、運転手さんに電話代わってちょうだい」
「運転手さん、すみません……」
夫が、受話器を渡したようだった。
「もしもし、もしもし」
「はい、お電話代わりましたが」
「すみません。私は妻です。今から言うところに夫を連れて行ってください。そこで、私がお金を払いますから」
「はいわかりました」
「電話は、切らずに夫に戻してください」
運転手が快く応じてくれたことにほっとしつつ、夫とは電話をつないだまま十分でタクシーが自宅に到着した。
「ありがとうございました」
「大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。すみませんでした」
支払いを済ませると、後部座席から、まるで酔っ払いのような夫の身体を支えて、車から降ろした。外壁に頭をあてて、一言、
「ごめん、本当にごめん。なんで、こうなるんだろう……」
夫のこの姿を見て、お酒を飲んでないことはわかった。こんな状態では一人で外出できないとショックを受けた。
あとでわかったことだが、繁華街近くで看板やネオンがたくさんあると、頭の中に飛び込んでくる情報量が多すぎる。それにより頭が混乱したことが原因だったようだった。
以前はこんなことはなかったのに、会社勤めが原因でこんなになることが驚きだった。