第一章

一年一組

しかし宮園は呼びかけに振り返らない。聞こえなかったようだった。

陰になって分からなかったが、樹先生と話をしていたようだ。邪魔をしたら悪いので足早に通り過ぎようと思ったのに宮園は振り返った。そして樹先生に向き直り、二言三言話すと二人は連れ立って教室から出てきた。

呼びかけてなんかいませんよと素知らぬ顔で通り過ぎようとしたところで「月島君」と声を掛けられた。樹先生が呼んでいた。無視はできないので、気まずさを抱えながら話に混ざる。

「はい、なんでしょう」

「最近、不審者がいるから注意するように」

宮園は一人顔色が悪い。少し震えているようだったので、僕は宮園の顔と樹先生を見比べた。

「え、あ、はい」

僕が頷くと、部活に行く予定の秋吉たちが通り掛った。彼らは僕らを見て口々に言ってくる。鰯の群れに遭遇したような気分だ。

「樹じゃん」

「なあ、部活決めた?」

「今度遊ばね?」

樹先生は苦笑い。僕は情報量の多さに目眩。宮園は変化無しである。

「聖徳太子じゃないんだから、いっぺんに話しかけないで」

樹先生がおかしいと奴らに言う。彼らはそのまま群れをなして通り抜けていった。後には嵐が去っていったような静けさが残った。

「じゃあ、二人とも身辺に気を付けるように」

先生はそう言い残すと去って行った。宮園が何も話してこない。振り返ると、青ざめた表情で呆然としていた。

「大丈夫?」

僕の呼びかけで宮園は我に返ったように顔を上げた。

「ええ。平気」

宮園は平気と繰り返した。そうは言っても、何かあったのは明白だった。宮園の目は去っていった樹先生を睨みつけるように細められていた。