一年二組
放課後のホームルームが終わって廊下に出た。部活に行く生徒たちはとっくに教室を出ているので、生徒はまばらだった。ほとんどが帰宅している。私も早いところ帰りたいのだが、今日は彼のクラスの担任に呼び出されている。放課後に廊下の突き当りにある空き教室に来てくれということだった。
私とは直接関わりがないのに何の用だろうと訝しく思いつつも拒否する理由もない。私は指定された教室へと向かった。
隣の一年一組に私の親しい人はいない。そう思ったのに、瞬時におどけたように笑う彼を思い出して腹が立つ。先生に呼び出されたのはおそらく彼の関係だろう。
嘆息がこぼれていった。できれば彼に近づきたくない。指定された空き教室に行く途中で隣のクラスに目が行った。なんとなく彼を探していた。
教室では机を囲んで男女数名が残って話をしていた。何が面白いのかどっと湧き上がる。その環の中心から離れた場所に彼がいた。屈託のない笑みをこぼす彼は、昔の姿とダブって見える。彼は顔を上げた。笑みで細められていた目が、蕾が開くように私を見つけてゆっくりと開かれる。
彼は私を呼ぶように手を振った。一緒に話をしようと言っているようだ。犬が尻尾を振っているみたいな姿は、窓から入る西日の穏やかなオレンジ色で彼の輪郭をぼかして風景画のようにしていた。彼は机にもたれ掛っていたのに起き上がって私の方へ来ようとしている。私はそれを振り切るようにまた歩き始めた。私の背後から彼を揶揄うような声が追い越していった。
教室は明るかったが、廊下は北側で、窓を開けても少し湿気ってカビ臭く感じるほど薄暗い。廊下と教室を隔てている窓は私と彼の明暗さえも分けているようだった。
今でもあの飛び出さんばかりに開いた充血した目が私を睨んで離さない。首をくくった彼の母親は私が忘れようとするたびにしがみついて呪っている。私が階段の下に突き落とした男が起き上がって私を追いかけてくる。
彼は私が彼の父親を殺し、母親を死に至らしめたと知らない。知らせるつもりもない。笑いかけてくる彼に口を開けば罪を告白してしまいそうになる。彼が近くにいなければ体の中をめぐる毒は落ち着いているのに、彼が近くにいると私の皮を破って外に出ていこうとする。怖い。彼が近くにいることが。苦しい。終わったと思っていたのに。
彼の父親の葬式で自らの過ちに気が付いた。遺体の傍らで泣く彼を見て、私の罪を知った。彼は父親の死を望んでいなかったのだ。さらに、彼の母親は後追い自殺した。私が壊したのだ。