ちょうどあの場所、まさにその地点でアスファルトを流して道路工事が行われているのだ。スコップを持った作業員風の男も何人かいた。

 

「何してるんですか」

尋ねずにはいられなかった。そんなことを尋ねるのが藪蛇だとは思っても、とても黙って通り過ぎることはできなかった。

「全くふざけた話さ」

作業員の一人が吐き捨てるように言った。

「進駐軍の家族が道路の窪みに自転車のハンドルを取られて大怪我したんだ」

「……」

「それがこの場所ってわけさ。それで市の土木課長からの直接命令でここの道路を舗装しろと言うんだ。全く進駐軍はたいしたもんだよ」

「窪みにハンドルを取られて?」

ぼくは思わず声を出していた。いったいどういうことなのだ。あの子はぼくの顔をはっきり見たはずだ。

―死んでしまったのだろうか―

それ以外に考えられない。そう思うと心臓が喉に上がってきた。ぼくの頭の中にいろいろな考えがチカチカと走った。でも辻褄の合わないことばかりだった。ぼくはロープを道の上に投げ出したまま逃げたのだ。潜望鏡だって置いてきた。もし、あの子が死んでしまったとしても、ロープを見れば状況は明らかなのだ。

「本当はもっと舗装の必要な場所がたくさんあるのに全く馬鹿げたことよ」

ぼくにはもう作業員の声は耳に入らなかった。道にはアスファルト舗装のために流したコールタールの匂いが満ちていた。

五月になってもMPはやって来なかった。ただ、その道の二百メートルばかりの区間だけが木に竹をついだように立派に舗装されていた。しかし、ぼくの中の疑問は次第に大きくなって何を考えていても頭はそのことのまわりしか巡っていないのだった。

杉の幹に縛ったあのロープはどこへ行ってしまったのだろうか。いくら考えてもぼくにはわからなかった。ぼくは思い切って林の中に入った。道路から五メートルくらい内側の杉の幹の、ナイフで傷をつけてロープを縛ったその場所を見ずにはいられなかったのだ。

ロープはなかったが傷は確かにあった。でもぼくの目を吸いつけたのは傷ではなかった。そこに光るものが留めてあるのだった。はじめセロファンかと思ったがそうではなかった。透明のビニールを見たことがないぼくにはそれが何かはわからなかったが、紙が入っているのが見えた。出してみると封筒だった。封筒の表には何も書かれていなかった。

 

中には画鋲を一つ突き刺した消しゴムと手紙が入っていた。何の模様もない白い便箋で誰によって書かれたものかもわからなかった。細かくビッシリ書かれている文字は英語で全く意味がわからなかった。画鋲を刺してある消しゴムを裏返してみたが、これはただの消しゴムで何の目的で入れてあるのか見当もつかなかった。

 

【前回の記事を読む】ラジオが流す『真相』は日々変わる。目の前で妹が死んだということだけが確かだった。