七 ジローの死
水深二千メートルの深海で、二頭の巨大な生物が激しい死闘を繰り広げていた。
一頭はデビル。もう一頭はジローだ。
ミミちゃんがデビルに獲られた以上、ハナコの心の中で、一度は消えかけたデビルへの復讐の炎が再び燃え上がり、それはもはやデビルと戦うことによってしか消えることがないことをジローは悟った。おそらくコジローもハナコといっしょにデビルと戦うだろう。ジローはそこまで見通していた。
ジローは長老に語った。
「長老、わたしはデビルと戦おうと思うのです」
「何のためにじゃ?」
突然のジローの話に驚いた長老は、ジローに問うた。
「ハナコちゃんにデビルへの復讐を諦めてコジローと結婚してもらうためです。そしてふたりに遠くの海で平和に暮らしてもらうためです」
「お前さんがデビルと戦えば、ハナコはデビルへの復讐を諦めるのじゃろうか?」
長老の問いにジローは答えた。
「もしもわたしがデビルに勝てば問題は解決です。わたしは群れの英雄となるでしょう。しかしわたしがデビルに負ければ、ミミちゃんをデビルに獲られて一時の怒りに燃えているハナコちゃんの心は静まり、復讐を諦めてくれるでしょう。
冷静に考えれば、デビルは勝てる相手ではないのです。ハナコちゃんもそのことがわかったからこそ、いったんはデビルへの復讐を諦め、コジローと結婚することにしてくれたのです。ミミちゃんがデビルの犠牲にならなければ、このままうまく行くと思ったのですが……。わたしはハナコちゃんをデビルの犠牲にしたくないのです。ですからわたしがデビルと戦うのです」
「うーん……。コジローにもハナコにも話さず、ひとりでデビルと戦う積りか?」
「そうです。わたしはふたりをデビルと戦わせたくないのです。ふたりを危険な目に遭わせず、デビルのことを忘れてもらいたいのです」
「しかしのう……」
「長老、お願いです。もしわたしが生きて帰らなかったら、今の話をふたりに話してください。決してデビルと戦ってはいけないと。わたしの仇を討とうとしてはいけないと。それがわたしの最期の言葉だと……。そう伝えていただきたいの
です」
ジローの固い決意を聞いて、長老はもう何も言い返せなかった。