六 ジローとお父ちゃん、お母ちゃんのこと

何年か前、まだお兄ちゃんが産まれる前、お父ちゃんとジローは、お母ちゃんを巡る恋のライバルだった。頭デッカチで、身体中シワだらけのマッコウクジラだが、みんなそうだから、当のマッコウクジラ達は、そんなこと、全然気にならないのだ。

それどころかマッコウクジラの世界では、お母ちゃんは美人(美鯨)のマッコウクジラだったのだ。その血はしっかりハナコに受け継がれ、美人(美鯨)のマッコウクジラとして成長していた。

若く美しかったお母ちゃんを巡ってお父ちゃんとジローが張り合い、お母ちゃんはお父ちゃんを選んだ。恋に勝利したお父ちゃんはお母ちゃんと結婚して、お兄ちゃんとハナコが産まれた。恋に破れたジローは『離れマッコウ』になって世界中の海を回り、一頭のメスのマッコウクジラと出会った。それがコジローの母親でコジローが産まれた。

しかし、コジローの母親は去年、病気で死んでしまった。そこでジローは、コジローを連れてもといた群れに戻ってきたのだ。 しかし、幸せに暮らしているとばかり思っていたお父ちゃんとお母ちゃんは、もういなかった。デビルの餌食になったのだ。そのお父ちゃんとお母ちゃんの忘れ形見がハナコなのだ。

だからこそ、ハナコのことを長老から耳打ちされた時、ジローは驚いたのだ。ハナコは若き日のお母ちゃんにソックリだとジローは思った。お父ちゃん、お母ちゃん、ジローの若き日の恋の名残が、ハナコであり、コジローであった。

ハナコは初めて聞いたお父ちゃんとお母ちゃんの話に、びっくり仰天した。お父ちゃんとお母ちゃんが経験した激しい恋の物語にハナコの胸はときめいた。

「ハナコちゃん、君は本当にデビルに勝てると思っているのかい?」

ジローの問いにハナコはハッとした。

「ごめん、ごめん、驚かせてしまったね。実はそこの岩陰で、偶然ハナコちゃんとコジローの話を聞いてしまったんだよ」

とジローが言うと、「まあ!」と言って、ハナコははにかんだ。よりによってプロポーズされた会話を聞かれてしまったなんて、まあ、どうしましょう。