またその話か。母にも目撃されているとは思ってもいなかった。
「わたしじゃない」
千春の存在は内緒にしておこう。ことさらに言うほどのことでもない。
「じゃあ、隣りにいた男の人は一体誰?」
そういえば、千春から聞いていない。
「知らない」
「どうして嘘つくの?」
まいったな……。
どう説明すればいいのだろう。
「いつだったか、自宅に一度きたよね」
誰だろう。
これまで付き合ったボーイフレンドは一応、両親に紹介している。
「ウチに連れてきなさいよ」と母がうるさいので、仕方なくだけど。
「貴輝くん」
わたしはまぶたを大きく開いた。
「嘘!」
と思わず語気が強くなる。
「あんな超イケメン、一度見たら忘れられないわ~」
恋する乙女のような顔で母が愛らしい声を上げる。
「あれは絶対、貴輝くん」
わたしは絶句した。
これは一体どういうことなのか。貴輝はその日、仕事の関係で福岡にいたはずだが。ひょっとしたら貴輝のそっくりさんかも。共に行動していた女性が千春だけに……そうに違いない。
その夜遅く、わたしは風呂からあがると、ベッドの上に仰向けになった。ぼんやりと天井を見つめる。上体を起こし枕元のスマホが目の端に映ると、たまらずスマホを手に取った。通話アプリから貴輝を表示させる。
事実を確認するべきか否か。
悩んだ末に発信ボタンを押した。発信時特有の呼び出し音が鳴り続ける。
だけど、貴輝は出ない。接待で忙しいのかもしれない。そう思うことにし、わたしは電話を切った。
だめだ。聞きたいけど聞けない。