母親はロープをひっかける場所を見つけられず、この方法を採ったようだ。警察も同じ理由で納得したらしく、自殺と処理されたと後日聞き及ぶに至った。
母親が彼を残して死んだことが許せない。
けれど一番許せないのは私の犯した罪だった。私は彼の母親を責めることはできないのだ。彼の母親が自殺した理由は、間違いなく彼の父親が事故死したことによる後追い自殺だった。
そして彼の父親を殺したのは他でもない私だった。
手に残る感覚をごまかすように握りしめる。
記憶は雨音を伴っていた。あの時の気温も手の感覚も、まるでさっき起こった出来事のように鮮明に覚えている。
両手を伸ばした先に、階段へ飛び出て行った影。雨で足元が悪かった。滑っていった影はひどい音を立てながら、階段を転がり落ちていく。手を伸ばしたまま、転がり落ちていく様を呆然と眺めていた。
強い風が高架橋に吹き付けていた。油断すれば足を取られてしまいそうなほど強い風だった。膝から崩れそうになるのを何とかこらえた。確かめるように足に力を入れて踏ん張る。さもなければ、彼の父親の二の舞だ。
階段の段差ギリギリまで足の裏を決して地面から離さないで擦るようにして進む。そして首を伸ばして、階下を覗き込んだ。落ちていく雨が私の横をすり抜けている。
目を凝らすと今まで私と一緒にいた父親は階段の下で転がっている。うす暗い中、輪郭が浮かび上がる。降りしきる雨の中、ピクリとも動かない。向かい風の中に微かに鉄臭いにおいが混じっている気がした。雨は波紋を描いている。
父親が死んでいるのを確認して、ほっと安堵し、その場でしゃがみこんだ。
「殺した。殺した」
口角が上がっていくのを感じていた。その笑みは自分でも分かるほど歪んでいた。達成感だった。
彼のための殺人だった。