当時私は三十一歳で、『HBK』のそばにアパートを借り、一人で暮らしていた。正月にはいつも里帰りしており、その時も例年同様実家に戻り、昼間からおせちと酒をたらふく飲み食いした。昼間から寝てしまうのが嫌なタチなので、腹ごなしを兼ねて一人散歩に出掛けたのだった。

サカの家の前を通ったのは偶然ではなく、年末に燃えてしまったことが食事の時話題に出ていたので、興味が湧いたのだ。

サカの古い家は見事に全焼し、焦げた骨組みを残すばかりとなっていた。立派な瓦ぶきの門は無傷で燃え残り、囲われた枠の向こうに、異世界のような黒い悲惨の図が展開されていた。母屋の前には焼け落ちた壁や屋根、家財などが吐き出され、黒い山になっている。よく見ると全焼した母屋の脇に別棟の小屋のようなものがあり、そこは火の手を免れたようである。

「なにのぞいてんだ」

不意に背後で声がしたので振り返るとサカがいた。燃えた屋敷をのぞき込む私を、サカは非難するというより独り言のようにつぶやいてそのまま通り過ぎ、門の中に入っていった。

普段人としゃべることのない、くぐもってざらつくような、耳心地の悪い声だった。これまで何度もさまよう姿を目撃したことはあるけれど、声を聞いたのは初めてのことだ。

「ちょっと待ってなよ」

こんな言葉を私に言うわけがないのに、そうつぶやかれた気がして、私は立ち去ることなくサカの後姿を見送っていた。ほどなくサカは火事を逃れた小屋に消え、また出てきた。手にスーパーのレジ袋を持ち、こちらに向かってくる。いつものように猫背で、足裏をずりながら。

手に持った白いレジ袋を私にゆらりと突き出すと、私を見ることもなく、「落し物」と耳心地の悪いざらつく声でつぶやいた。え?と思って私が受け取らずにいると、「ん」とレジ袋を更に突き出してきたので、仕方なく受け取ると、「忘れ物」サカはまた独り言のようにつぶやき、燃え残った小屋に戻っていった。後にも先にも、彼と会話らしきものをしたのは、この時だけである。

私は汚いものであるようにビニールのレジ袋を開き、中をのぞき込んでみた。落し物、とか忘れ物、などとサカは言っていたが、それは分厚い四冊の薄茶色のルーズリーフだった。見覚えがある。

表紙に『ヒミツの暗黒日記 NO・1』と記されている一冊を見て、すぐに若い頃付けていた自分の日記帳と分かった。けれどなぜサカがこんなものを持っていたのか、首を傾げざるをえない。

私は以前、確かにこの日記帳を捨てたはずだ。大学卒業後に就職し、一人暮らしを始めるにあたって部屋の中を整理する際、いらないものとして他のものと一緒にゴミ袋に詰め、捨てたのだ。

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