畑山は、「こいつも漫才好きだったのか」と危うく共感を覚えそうになりながら、「いかん、いかん」と冷静になろうとした。そして、とりあえずは、アルコールの呼気検査をした。すると当然に相当に高い数値が出た。畑山は、運転手に、
「あんた、止めてから酒飲んだって言ったね」
「そうですよ」
その言い方が、
「どうだ、まいったか」
と言わんばかりの挑発的でむかつくものであったが、これで手を出せば、酔っ払い運転を問うどころか、逆に、畑山が職権乱用の罪に問われかねない。畑山は怒りを抑えて、努めて冷静に丁寧に問い掛けた。
「さっき車を止めてから飲んだのね。ほんの一分くらいの間によく、そのビール飲めたね」
「すごいでしょ」
と男は得意顔である。
「やった! 車を止めてから飲んだと思わせることに成功した。これで無罪放免だ」
と安心していた。畑山は、
「その前には飲んでないのね」
「だから、その前は運転してたから、飲んでないよ」
畑山が車内を見ると、飲み干した缶ピール空き缶の他には酒は見当たらなかった。つまり他の場所で飲んでから運転してきたことが疑われた。
そこで、「運転する前に飲んできたってことはないのかな」と聞くと、
「だから、お酒はここで止まってからこの缶ビール飲んだだけだって言ってるでしょ」
と少し切れ気味に答えた。酒の酔いでだんだんと気が短くなってきている。畑山は、努めて冷静に、
「アルコール検査はね、飲んだ量に応じて数値が上がるんだよ。君ね、缶ビール一本を飲んだだけで、こんな数値になるはずないでしょ。ちゃんと本当のこと言わないと、これから、あんたのここまでの走行ルート辿って、いつ、どこで、どれだけ飲んだのか調べるから。
そうなれば、車で飲んだことが、証拠隠滅になるかもね。その上で、ここに来る前に飲んだ量と、この呼気検査の数値を照らし合わせて、飲んだ量の証明をすることになるとね、そうなると、酔っ払い運転だけじゃなくて、危険運転も加えて起訴することになるかもしれないよね」
この運転者は、一気に酔いがさめて、真っ青になった。これまで飲んだところまで調べられて、酔っ払い運転だけでなく、危険運転まで問われては、実刑にすらなりかねないからである。車を止めてから酒を飲めばそれまで飲んだことをごまかせると聞いていたのに、それに加えて、それまで飲んでいたことをごまかそうとしたことがまた犯罪になると言われては、古い漫才のネタをまねして、警察官を挑発してしまったことを深く反省した運転者であった。
他方で、畑山も、これもまたネタになるかとわくわくしていた。もう既にあるネタなのに。