コーサラは西からやってきた。土地を奪い、支配地を広げていった。彼らは、逆らう者は同胞でも躊躇なく殺す。何の痛みも感じない。彼らは毒殺に長けている。彼らの使う毒草は激しい下痢を伴うそうだが、すぐには死なないようだ。彼らは自分たちは選ばれた生まれであると思い上がって、回りを見下す。
彼らの征服欲には〈足るを知る〉ということがない。すべての土地は彼らのものだと思い上がっているかのようだ。彼らが、シャカ族の内通者の手引で、シャカ族の若者をかどわかしていることは公然の秘密だ。取り戻すには武力しかないが、シャカ族の武力では難しい。
コーサラには〈人の道〉という言葉はない。お前は、師のヴィシバーミトラから、シャカ族に伝わる戒めを厳しく教え込まれた筈だ。人を傷つけてはならぬ、与えられないものを取ってはならぬ、シャカ族の恥になるようなことをしてはならぬ……。行け。お前はお前の闘いを闘え。』
後で知ったことだが、父はコンダンニャに、わたくしから目を離さないよう頼んでいたらしい。コンダンニャは母を亡くし、出家に傾いていたのだ。
わたくしはコンダンニャとはよく遊んだ。彼の母はコンダンニャに与えるばかりで、彼から奪うところをわたくしは見たことがなかった。わたくしの母も元気でいてくれたら、あのような包みこむような目でわたくしを抱いてくれたのであろうか。それはどのようにわたくしを安心させたであろうか。」
「出発の前夜、ヤショーダラーは理髪師のウパーリをわたくしにさしむけた。わたくしは剃髪した。ヤショーダラーは袈裟衣をわたくしに渡した。」
「出立の早暁、父はわたくしに馬を用意していたが、わたくしは有難く断わった。ヤショーダラーはわたくしに水と食べ物を持たせた。わたくしを見送ったのは、ほかにはマハープラジャーパティーであった。
父とヤショーダラーは無言であった。わたくしも無言であった。マハープラジャーパティーは泣いていた。わたくしは歩き始めた。風は涼しかった。歩き続けてからわたくしは一度だけ振り返った。まだわたくしを見送っている一人の姿があったが、遠く、小さく、それが誰であるかは判別できなかった。
わたくしは煩わしいものを捨て天涯孤独となった。それはわたくしのかねてからの望みであった。乞食に身を落として、よし、落命の危険があっても、わたくしには遣り遂げたいことがあるのだ。」