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【エッセイコンテスト「大切な家族のものがたり」大賞受賞作】「ママちゃんは高次脳機能障害という障害を持っている」

エスケープ

ママちゃんは太っている。百五十センチ六十五キロだ。胴回りが特に大きい。そして美人ではないがかわいい顔をしている。

ママちゃんは重めの糖尿病を患っているのだが、よく食べる。一度などたまに行く近所の中華料理屋の店主の中国人に驚かれたほどだ。お母さん、よく食べるね、と。そして食べたことを忘れるのだから余計に食べる。だから糖尿病は一向に良くならない。

でも本人は気にしていない。大きなお尻を振りながら朝から機嫌よく踊っている。お尻を振り、両手を交互に挙げる。何のリズムかわからないがスッチャッチャスッチャッチャと歌いながら足踏みをする。

今日もパンツ姿で踊っていたので、

「早く着替えなさい。寒いでしょう」

と声をかけた。というか怒った。子どもではないのだが、なぜか憎めないのはあまりにも機嫌よく満面の笑みで踊っているからだろうか。

ズボンを履き、その上に私のジーンズを履こうとしてまた怒られる。ママちゃんは私の服をとる。はじめのころはいつも怒っていたが、自分のものと私のものの区別がつかないのだから仕方ない。最近は諦めた。だから私の私服はかなり少ない。

着替えが終わると自分で朝食の準備をする。ご飯を炊飯器からよそい、私に見せに来る。その後、冷蔵庫を開けて刺身こんにゃく、ところてん、生卵を取り出し、その後も何やらごそごそと冷蔵庫をあさるので、

「冷蔵庫を閉めなさい」

と、私に怒られる。ママちゃんは冷蔵庫を閉める。ママちゃんは冷蔵庫を開けるのが好きだ。

「これ、なに?」

あえて私は壁につるしてあるビニール袋を指して聞いてみる。ママちゃんは満面の笑みを浮かべて言った。

「昨日、お片付けしてみたの」

どこもきれいになっていない部屋を見て私はため息をつく。不思議なお片付けだ。これじゃアフリカのまじないだ。しかしこれがママちゃんのお片付けなのだ。たまに行われる。

ママちゃんは基本的には愛されるタイプの人だ。悪気がない。人懐こくて、明るくて、何より人も自分も大好きだ。その人が子どもを育てると私のような人間になるのだから、子育ては下手だったのだろう。いや、子どもを自分ほど愛せなかったか。

ママちゃんはおいしそうにいつもの卵かけご飯を食べる。そして再び冷蔵庫を開ける。出すものは出ているのに、なぜかご飯の途中で必ず冷蔵庫を開ける。そして私に怒られる。仕方なく冷蔵庫を閉めて、立ったままご飯の続きを食べようとして私にまた怒られる。

ママちゃんはご飯を食べることを忘れない。食べたことは忘れても食べることは忘れない。しかし薬は必ず忘れる。というより、ママちゃんの日課に糖尿病の薬を飲むという行為はいつまでたってもインプットされない。

「冷蔵庫を閉めなさい」「薬を飲みなさい」「電気を消しなさい」を私は毎日繰り返し言っている。これが日常の光景だ。