奇妙な出来事
昼時、旬の秋刀魚と白いご飯が食べたくなり、一膳めし屋に行くことにしました。
めし屋に近づくにつれて嫌な予感が。秋ですから、思うことは皆同じようです。入り口付近に席待ちの列が。とりあえずお店の人に待ち時間を聞くと、
「20分待ちです」
と言われ、諦めることにしました。お店を出て、ちょっと歩いたところで、私は後ろから声をかけられました。
「あのー、お客様」
私が振り向くと、黒い帽子と黒いエプロンをした30歳ぐらいの小柄な男性が立っていました。
「お客様、一膳めし屋の者ですが、先ほどは失礼しました。お店の裏に別館がございます。そちらにご案内したいと思いますが、いかがでしょうか」
私は、少しラッキーと思い、付いていくことにしました。
別館は、古い民家を改築したようなつくりで、薄暗く感じました。誰もいない店内に私がポツンと一人。私の正面の壁には黒い猫を抱く初老の男性の肖像画が掛かっていました。
「お客様、本日はお越しいただきましてありがとうございます」
私を案内した黒いエプロン姿の男性が、いつの間にか、私の横に立っていました。
「ランチメニューでございます」
メニューは秋刀魚づくし。
秋刀魚の酢の物
秋刀魚の刺身
秋刀魚の塩焼き
秋刀魚の蒲焼き
そして、ご飯は秋刀魚の干物たっぷりのぶっかけ飯(通称・猫まんま)
「美味しそうですね。お願いします」
料理を待つ間、私は、黒いエプロンの店員に肖像画の男性の話を聞くことにしました。
「初老の男性は、この家の主人で、こよなく猫を愛し、旬の秋刀魚が大好物だったそうです。そして、猫のために秋刀魚料理を少しずつ残して、分け与えていたそうです」
チリーンと鈴の音がして黒いエプロンの店員は、厨房に行き、料理を運んできました。お腹を空かしていた私は、どの料理も、あっという間にたいらげてしまいました。猫が跨いで通り過ぎてしまうくらい、きれいに食べてしまいました。
お皿を下げにきた黒いエプロンの店員は、なんにも残っていないお皿を見て、とても悲しそうな表情でお皿を運んでいきました。料理に満足した私は、勘定を済ませ店を出ました。
5、6歩、歩いたところで私は奇妙なことを考えてしまいました。ひょっとしたら、黒いエプロンの店員は、古民家の主人が可愛がっていた猫ではないか。そして、猫は、秋刀魚料理を食べたかったのではないかと。飯屋の裏の古民家から悲しそうな泣き声が聞こえてきました。
飯屋の裏から聞こえる泣き声は……
「うらめしや~」