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酒を飲み終えると、二人は来た時と同じように、執事とお嬢さまの関係で店から出ていった。ああいう馬鹿な女を弄んだら楽しいだろうな、と、レジに手を突いて見送りながら、ぼくはぼんやりうらやんだのである。
翌日も女は店に現れた。この時は一人で、薄いグレーのスウェット、車椅子ではなく松葉を突いて自動ドアをくぐり、何も物色せずまっしぐらにレジのところに来て、椅子にどっかり腰掛けた。
「ああ、つっかれた。社会復帰訓練も楽じゃないよね」
額にうっすら浮かんだ汗をスウェットの袖で軽く拭い、「暑いよ、何か飲みたいな」
「何持ってきます?」客だし、足が悪いから仕方なく、今日はぼくが執事の役を買って出る。意地悪い笑みを浮かべ、「またワンカップ?」
「そんな大酒飲みじゃありませんから」
馬鹿にするなとばかり目をシラけたように細め、ふてくされたと見せ掛けて、彼女はニヤリ。「汗かいたらビールでしょ、やっぱ」
なんだ、結局酒かよ。ぼくは冷蔵庫からラガー缶を持ってきて、彼女に手渡す。「ぷはー、きくきく」とうまそうにビールを飲む女をシラけた目付きで見つめ、こう漏らさずにはいられない。「まるでおっさん」
「え、何?」
「いや、あ、いつもワンカップ飲んでるおっさん、今日は来ないの?」
「あの人糖尿だからねえ、そうそう毎日は飲めないでしょ」
「おたくはだいぶいける口そうだよね。昼間から酒ってのは、どうかと思うけど」
「飲まずにはいられないから、飲んでるの」
ラガー缶に口を付けながら、彼女は目をうつむかせ、そっぽを向いた。まるで深い悩みを抱えているかのような口振りだったから、「何かあったの?」と尋ねる。
ラガー缶を口から離し、思案しているように視線を下に落とした彼女は、「実はさあ」と切り出した。「わたしの足、もう治らないんだって。主治医の先生が言ってた」
「マジ?」
そりゃあ飲まずにいられない。
「だからもっと飲ませて」
「あ、はい」
ぼくはレジを立って冷蔵庫に向かい、今度はドライ缶を持ってきて、彼女に渡した。「あの、お代はいいから」
厳しい現実に直面する女への、せめてもの激励のつもりだった。彼女は眉間に皺を寄せ、切なそうにごくごくビールを飲んだ。そして飲み終えると、ぷはー。満ち足りて息を吐く。