そんな中、2016年2月に義理の親の井口家から「今年の結婚記念日は、私たちからプレゼント」的に、一流のホテルの食事に招待された。バイキング形式なのだが、さすがに名の通った一流のホテルだけあって、鰻、お造り、カニ、寿司、和牛、などなど食べ放題。それこそ「食の宝石箱やー」と叫びたくなるものばかり。トシカツも子供たちも大喜びで、あれもこれもと大騒ぎで楽しんでいた。しかし享子はそんなに楽しそうではない。

日帰りだけど温泉付きメニューである。温泉につかり、その後ベタな話だけど、温泉といえば、やっぱり卓球。トシカツは子供たちに誘われるままに卓球をした。

トシカツの90キロ近い体には、床に落ちた卓球の球を拾うとか、かがむという動作さえ3回目くらいできつくなる、お腹をぶよぶよさせながら、ハーハーと言っては、汗だくになる始末なのだ。今の生活に満足して「のほほん」と胡坐をかいて、呑んだくれでスキだらけの、怠惰なだらしない生活をしている証拠なのだが、まぁよくいえば幸せだった証なのかな。

そんなトシカツ豚を見ながら享子も「ハーッ」と、ため息をつく。だが問題は享子の「心ここにあらず」である。

結果論でいえば、もうこの頃から享子の心の中には「何か」が入っていたのだろう。そんな途方に暮れた享子の顔を見ているだけで、トシカツの胸は張り裂けそうに辛くなっていった。

次の日あたりから、卓球での自己確認からの自己嫌悪もあり、トシカツの食欲がなくなりだした。あまり食べられなくなってきた。しかし食欲不振もダイエットにはもってこいだった。トシカツは痩せて享子の気を引きたいとも思った。そのせいか、1か月で体重が10キロ痩せた。

本人は10キロも痩せた、凄いことだ、と自慢げに「どう?」と享子に言い寄るが何の反応もない。確かに数字で10キロ痩せたと聞けば「オー」って思うが、体が軽くなったり見えない肉が落ちたり、本人にしてみれば凄いことなのだが、実際88キロが78キロになっただけで、他人からしてみれば見た目もそんなに変わっていないのである。

つまり本人の感覚と周りからの見た目には、かなり大きなギャップがあるのだ。

後日、血肉削るトシカツVS享子の対決でトシカツはさらに20キロ痩せ、58キロを経験した時、あの時の10キロ痩せの自慢が滑稽に思えてくる。しかし、享子の「心ここにあらず」。しかも家庭にもあらずが見る見る幅を利かせてきた。享子の心はどこにある? 他に好きな人ができたのか? トシカツの心の中に闇の種が育ち始めていく。

ジェットコースターがカタカタカタと不気味な音を立てて登りだす。カタカタカタ。これが長ければ長いほど高度もスピードも増すのだが、後は身を任せるだけである。それを踏まえてこれからのストーリーに付いてきていただきたい。もはや途中で降りることもできない、ノンストップな展開が待ち構えていた。