「小山内くんさ、あの子と付き合ってみない?」

「へ?」

春彦は亜希子のこの言葉に素っ頓狂な声をあげると、そのまま黙り込んだ。こちらを見た瞬間に女の子の瞳からは、不安気な色がすっかり無くなっていた。こともあろうか春彦に向って花が咲くように、満面の笑みを浮かべてみせた。

春彦は有事に備えるようにして更に姿勢を正した。こちらに駆け寄ってきた女の子は透けるほどに白い肌を紅潮させながら、少し大人びた仕草で春彦に挨拶をした。その直後、女の子が視線を合わせる暇もないほどすぐに、亜希子に向き直ってしまったものだから、春彦は肩透かしを食らった気分になっていた。

それにしても亜希子に対しては、なんと屈託のない甘えた声で話すのだろうか。

「お姉ちゃん、遅いよ~! もうお腹ぺこぺこ、早く食べに行こうよ」

亜希子も見たこともないような、なんとも柔らかい雰囲気でその女の子に応じていた。それを眼福とばかりに思っていると、亜希子が春彦にニッと笑ってウインクをしてみせた。その表情にドギマギとしている春彦を余所に、亜希子が今度はその女の子にまたもや唐突に言った。

「うんうん、早く行こうね。今日は三人でいいかな?」

「へ?」

春彦が再び素っ頓狂な声を上げても、亜希子とその女の子はお構いなしだった。蚊帳の外に置かれたまま続く話に、春彦は溜息をついていた。仕方がないので先ほどの席に戻ると、残りの珈琲をちびちびと飲みながら二人の様子を窺った。

二人のやり取りを飽きることなく眺めていた春彦の目の前に、亜希子がその女の子を連れてきたのは、だいぶ経ってからのことだった。その女の子が春彦の紹介を聞いた途端に、明らかに落胆したような反応をみせたのは何故だろうか。

「え! なっ、何かな?」

蚊帳の外から三度目になる素っ頓狂な声にも、その二人は動じなかった。そしてあろうことか、相変わらず『昼に何を食べるか』を話しているのだった。

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