「もちろん合掌造りの建物そのものも凄い。でも、その合掌造りに今も住んでいる村の人たちの心が凄いんだ。

飛騨はそもそも日本の中の独立国みたいに独特だけど、白川郷は、その中でも飛びっきり独特だな。小さい村なのに、日本とか国の枠組みを超えた別の国のようだよ。

どうしてかっていうと、昔はさ、豪雪地帯で断崖絶壁の山道の奥の奥で、誰も行き来出来なかったんだ。だからどんな時も白川郷だけで生き抜いてきた歴史があるんだよ。外から干渉されない代わりに外から助けられることもなかった村だ。だから、国に対する気構えが他とは違う。

秋の白川郷の紅葉は、豪快で素晴らしいんだけど、そんな紅葉が見られるのは、山が広葉樹ばかりだからだ。どうして広葉樹ばかりかと言うと、国が大声で杉や(ヒノキ)を植林しろと騒いでいた時、知らん顔していたからなんだよ。他にもある。酒だ。酒は国が管理するから勝手に作ってはいけないと言われても、知らん顔して作ってきたのが今の『どぶろく祭り』だ。

平成の大合併って、日本中の小さな村が合併されて消えていったけど、白川郷は高山市と合併しなかった。白川郷の村長は、味噌だけすすることになっても、合併なんかするものかって言ってたよ。誇り高い村なんだ。それを支えているのが、いざとなったら村だけで生きていけるユイの力ってことになる。

ユイっていうのは、相互扶助ってことになるけど、もっと強烈な、村と自分との一体感のことなんだよ」

緑川の人の気持ちをそそるような話に、篠原はたまらなくまた白川郷に行ってみたくなった。まとまった連載物が書けるかもしれないという予感が湧き上がってきた。

篠原は是非とも白川郷の取材をさせてほしいと緑川に申し出ると、緑川は思った通りというように笑ってうなずいた。これが、その後の六月から二か月間の、白川郷長期取材となるきっかけだった。

 

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