小説 『曽我兄弟より熱を込めて』 【最終回】 坂口 螢火 用意した死に装束を、我が子に着せる。まだこんなに小さいのに、斬首だなんて…私が身代わりになって死にたい! 青天の霹靂とは、まさにこのこと。聞いた母の驚きは尋常のものではない。「エ――エッ! 何と、何とおっしゃいます!」声さえ別人のごとく裏返って、「厭です! 厭です! 渡しません、断じて……」絶望的な悲鳴を上げ、曽我太郎に取りすがって泣きわめいた。その母の絶叫に驚いて、一萬と箱王が「母上! いかがなさいました」と座敷に駆け込んでくる。「オオ――一萬、箱王」母は無我夢中で二人を左右にかき抱くと、黒髪を振…
小説 『するすみ九郎』 【新連載】 三崎 暁子 1189年、奥州・平泉。最期の日々を過ごす源義経は、静かに“あの日々”を思い出していた―― 絡げた裳裾(もすそ)を水飛沫(みずしぶき)で濡らし、川底の小石の上でよろめく足元を確かめつつ、妻は水遊びの子を呼んでいる。陽の光は煌めき、水の飛沫、飛ぶ虫の翅(はね)、笑う子の白歯、脇に置いた太刀の鍔(つば)の上に揺蕩(たゆと)う。「お方様、水の中さ入らねぇで、戻ってくなんしぇ」下女のきぬが水を跳ね返しながら川に入り、妻の脇を通って娘の方へと急ぐ。水の中に座っていた娘を抱き上げてきぬが岸辺に戻っ…