青い小銭入れ
休日の夜、自宅を出たあたりから、私は、背後に人の気配を感じていました。
その気配がふっと消えたのは、駅前の商店街の入り口付近でした。
時計の針は8時。
私は、最近ハマっているつけ麺屋さんに入りました。
自動販売機に千円札を入れ800円の鰹節風味のボタンを押すと、食券が出てきて、返金レバーをひねるとチャラチャラと百円玉が2枚落ちてきました。
右ポケットから小銭入れを取り出そうとした時、
「???」
「ない!」
「小銭入れがない!」
どのポケットを探しても小銭入れは見つかりませんでした。
「落とした?」
「どこで?」
思い当たる所はありませんでした。
つけ麺屋の店員さんに理由を言って、見つかる可能性はかなり低いとは思いましたが、来た道を戻ることにしました。
散歩する子犬のように下を向いてキョロキョロ歩きました。
そして、自宅へ。
「やっぱり、ない」
「諦めるしかないかな」の気持ちがよぎりましたが、取りあえず商店街の入り口にある交番へ行くことにしました。
お巡りさんが3人。
「あのー、小銭入れを落としてしまって……」
「小銭入れだから、届けてくれる人はいないですよね」と私が言うと、
中堅のお巡りさんは「わかりませんよ。見つかるかもしれませんよ。では、これにお名前と住所と電話番号をお願いします」と言って遺失物の届け出用紙をテーブルに置きました。
私は、小銭入れの特徴を書きました。
「色は濃い青で」
「中にはお金が300円くらい入っていたと思います」
「ストラップには子犬のここあのミニチュア迷子捜索登録証が付いています」などと話しながら書いていました。
すると、奥からベテランのお巡りさんが出てきて、
「これですか?」と濃い青色の小銭入れを見せてくれました。
「そ、それです!」
「すごい、出てきた」と私はマジックでも見ているように驚きました。
私は、遺失物の受取の欄にサインをしました。
その下には、小銭入れを届けてくれた人の名前を書く欄がありましたが、見えないように厚紙で隠してありました。
「誰が届けてくれたんでしょうか」と尋ねると、ベテランのお巡りさんに「規則ですので教えることはできないんですよ」と言われました。
私は、届けてくれた人が気になってしようがなかったのですが、お礼を言って交番を出ることにしました。
5分後の交番で。
「あのお爺ちゃん、小銭入れ落としたの、今月で3回目ですね」
「休日介護の担当者も大変ですね」
「そうだろうね。お爺ちゃんの心を傷つけないように、気付かれずにやらなきゃいけないからね」
小銭入れの受取日
2032年10月24日