喜歌劇『クローディアスなのか、ガートルードなのか』
❖登場人物
クローディアス … 先王の弟、後にデンマーク国王
ガートルード …… デンマーク王妃、ハムレットの母
ポローニアス …… 内大臣
ハムレット ……… 先王の息子、デンマーク王子
女官長
執事
肉屋
肉屋の女房
パン屋
酒屋
酒屋の女房
大工
鍛冶屋
伝令
デンマーク・エルシノア城内および城下での出来事。
舞台の平面(平舞台)に二段重なる様式の馬蹄形三層の舞台装置。
上舞台と中舞台の両端は「廊下」となって上手・下手袖まで伸びている。
上舞台には左右対称的に二本の柱が立っている。
上舞台中央奥に、国王・王妃登退場のための階段が設置されているが、客席からは見えない。
場面設定として、テーブル・椅子・ソファなど小道具を用いる場合もあるが、原則的には何もない空間である。
第一幕
第六場 ポローニアスの部屋
執事が女官長に目配せをし、二人はポローニアスに一歩近づき直立不動の姿勢を取る。
執事: 閣下、不肖この私、執事を拝命してから内大臣閣下のお言いつけ通り、お国のために粉骨砕身してまいりました。その間、秘密を漏らしたことなどありましょうや。
女官長: 閣下、不肖この私、女官長を拝命してから内大臣閣下のお言いつけ通り、お国のために粉骨砕身してまいりました。その間、秘密を漏らしたことなどありましょうや。
ポローニアス: 分かった、分かった、分かっておる。(もったいぶるように)……他言は無用だぞ、二人とも。よいな。
執事/女官長: はっ、誓って。(ポローニアスに張り付くように身を寄せる)
ポローニアス: 実は、国王陛下からクローディアス殿下にご命令があったのだ。
執事: ど、どのような?(女官長の「制止」の仕草に、押し黙る)
ポローニアス: 「帰還後、王は国境巡察の報告をする。ノルウェー国境付近が不安定なため、貴殿に国境警備指揮官の任務を委嘱する。準備が整い次第、出陣されたい。」
執事: では、王様のご名代(みょうだい)として、クローディアス殿下がご出陣されることに。
ポローニアス: うむ。ノルウェー国境付近には敵方の兵士たち、内陸沿岸には海賊どもが潜んでいる。いつ攻め込んでくるやもしれん。陛下は守備隊の志気を高めるためにも、殿下を指揮官に任命されたいのだろう。
執事: それで、(女官長の「制止」を振り払って)それで、王様はこのエルシノア城におとどまりになるんで?
ポローニアス: うむ。ハムレット様を留学先のドイツから帰国させ、王子に帝王学を授けるお考えだ。……う、これはついしゃべり過ぎてしまった。いいか二人とも、念を押しておく。陛下のお触れがあるまでは、他言無用だぞ。
執事/女官長: (一歩下がって)はっ、誓って。
執事と女官長は一礼して上手奥へ立ち去る。
ポローニアス: ……これで、クローディアス殿下が国王になる目はなくなった。その上、ノルウェー国境はいわば戦場、生きて帰れるかどうかも分からない。優しいところのあるいい人だが、よくよく運のないお方だ。
ポローニアスは、椅子に歩み寄り腰かける。
中舞台の明かりが消えていくと同時に、
平舞台(廊下)にいる執事と女官長が浮かび上がる。
女官長: クローディアス殿下がなんだかお気の毒……。
執事: ……そうですな。
女官長: でも、そんな時に、いいえ、そんな時こそ、恋の穴。
執事: 恋の穴? ……は?
女官長: ……アルバート、(「階上」を指差し)さっき私が遅れて着いた訳、聞かないのね。
執事: あ、あ、これは失礼! 女官長様、どのような訳で……
女官長: 王妃様のご様子を伺った後、クローディアス様のお部屋へ回ったから。お前と入れ違いだったみたいね。
執事: は? クローディアス様のお部屋へ? 何の用事で?
女官長: 聞きたい?
執事: はい、ぜひ!
女官長: ――私が王妃様のお部屋を下がろうとすると、「マリー、待って」というお声。顔を上げると、目の前に差し出される白い封筒。「お願い、この手紙をクローディアス殿に」。戸惑うマリー様の指に、すーっとはめられたルビーのリング。(左手をひらひらさせて執事に見せびらかしながら)ああ、宝石の女王、花言葉は純愛。女官長に託されたメッセージ。深々と一礼して、クローディアス様のお部屋に走ったのであった。――分かった?
執事: (首を傾げて)さあ。手紙にはどんなことが書かれていたのか、また、ご用事は何だったのか……
女官長: お前は馬鹿か。ご自分の指輪まで与えたお使いだよ。「いつもの中庭」でしょ。「クローディアス様 中庭でお待ちしています。 ガートルード」――決まっているでしょ!
執事: え? 封筒を開けたのですか? それとも、女官長様は透視能力をお持ちで封筒の中身までお見えになるんで?
女官長: アルバート、今夜は来ないでちょうだい。いや、これから二度と私の部屋をノックしないで、気分が悪くなるから。では。
女官長はすたすた歩き始める。執事は佇んだままじっと考えている。
追って来ないのに気づいて女官長は振り返る。
考えたままの執事にやきもきしながら落ち着かない。
執事 分かった、分かったぞ! (女官長の傍に駆け寄り、一礼する)先ほどは失礼いたしました。遅ればせながら事の全容が見えましてございます。――まず、事の発端は、国王陛下御不在中に中庭でお二人の時間を持つようになった。ところが、陛下ご帰還となり、お二人の時間にピリオドが打たれる。それで終われば「仮初めの淡い恋」。しかしけれどもだがしかし、これには続きがあった。陛下の「お触れ」だ。「ノルウェー国境付近が不安定なため、貴殿に国境警備指揮官の任務を委嘱する。準備が整い次第、出陣されたい。」そして――
女官長: 「ハムレット様を留学先のドイツから帰国させ、帝王学を授けるお考え」
執事: クローディアス様は思いを寄せていた王妃様とも別れ、辺境の地に行かねばならない。一方、王妃様は「仮初めの恋」をあきらめ、不運なクローディアス様の身を案じられる。――別れは目前に迫っている。
女官長: ――そんな時に、いいえ、そんな時こそ、恋の穴。フォールインラブ!
執事: ――「クローディアス様 中庭でお待ちしています。 ガートルード」……女官長様、解けました! アルバートは馬鹿でした。お許し下さいますか?
女官長: 馬鹿は可愛げにも通じ、ぬくもりがある。利口は退屈で、ぬくもりはない。……アルバート、許さないでもないが、償いは必要だわね。
執事: 償い……?
女官長: (左手をひらひらさせて)この指輪が「お友達が欲しい」って言うの。「隣の指にアメジストがいたらうれしい」って、この指輪が言うの。
執事: はっ。(女官長の手を取って)この白魚のような指には、燦然(さんぜん)と輝く紫水晶、愛の守護石をはめさせていただきます。
女官長がニッコリすると、執事が強く抱き寄せる。平舞台、溶暗。