お父ちゃんはデビルに巻きつかれたまま海上まで浮上した。そして充分酸素を取り込むまで何度も潮を吹いた。その間、二頭は海上で戦った。もしこの時人間を乗せた船舶が通りかかってこの光景を見たならば、大昔から世界中の船乗りの間に語り継がれてきた巨鯨と海の怪物クラーケンの戦いの話は真実だったのだと思ったことだろう。
お父ちゃんと戦いながらデビルはマッコウクジラに比べるとあまり発達していない脳神経で思った。
「このクジラ、大きい、強い。でも、ワシの方が、大きい。強い。エジキ、する」
そう思ったデビルは巻きつけた足に更に力を込めた。一方、お父ちゃんは充分酸素を取り込んだので、二頭は海中に沈んで戦った。
ちょうどその時、ハナコとミミちゃんから知らせを受けたお母ちゃんとお兄ちゃん、それからミミちゃんのお父さんとお母さんが駆けつけてきた。
「あっ、お父ちゃんが捕まっている!」
四頭はお父ちゃんを助けるため一斉にデビルに向かっていった。周波数の高い狩猟用、攻撃用の超音波を浴びせかけ、次々にデビルに体当たりした。四頭に攻められ、胴体を締めつけるデビルの足の力が弱った隙にお父ちゃんが身体をねじってデビルの足を振りほどくと、デビルは深海へと逃げて行った。
「お父ちゃーん!」
お父ちゃんのそばに寄り添ったハナコは、お父ちゃんの身体についた傷にいたわるように口をつけた。
ミミちゃんはお父さんとお母さんに、
「こわかったよう、こわかったよう」
と言って泣いた。
みんなはデビルが戻らないうちに、すばやくその場を立ち去った。
マッコウクジラのオトナ達はデビルについて話し合った。こちらから戦いを挑んでやっつけてしまおうという意見も出たが、そんな無茶なことはしないほうがいい、デビルに襲われたらすぐ逃げようという意見が大勢を占めた。