第一章 ギャッパーたち
(一)畑山耕作
畑山は、コンビニに入ると、あたりを見回した上で、商品棚からビニール袋に入った菓子パンを取り素早く手に堤げた袋に入れた。
そこを、商品棚の後ろに潜んでいた警察官が飛び出してきて、畑山を取り押さえた。
「お前、万引きしたろう」
「はい」
「じゃあ、警察まで来てもらおう」
「え、どうして?」
「今、お前が、万引きしたことを認めたやないか」
「いや、名前を呼ばれたんで、はいって答えただけですがな」
「どういうことだ?」
「私の名前は、『まんびきしたろう』って言いますねん」
「えっ? 苗字が『万引き』で、名前が『したろう』、ちゅうんか?」
「いや、ちゃいますがな。そんなへんな名前の人なんかおらんでしょ。アホか」
「誰がアホや。しかし、そうやろ、そうやろ。そんな名前の奴なんかおらんよな。つまり、やっぱりお前が万引きしたちゅうこっちゃな」
「だから、ちゃう言うとりますやろ」
「どういうこっちゃ」
「だから、苗字が『まんびきし』で、名前が『太郎』言いますんで」
「なるほど、それで、『万引きしたろう』か。ふーん」
「分かっていただけましたか。それじゃあ、失礼します」
「あ、そう……じゃないって。だから、お前、万引きしたろうって言ってるやないか」
「ええ、だから、そうですって言ってるやないですか」
「だから、名前じゃなくて、万引き」
「だーかーらー、はいって」
「ややこしいな、もう」
ここで、客席から笑いが出てくる。
畑山は、舞台にいた。相方の加藤とピーカブーというコンビ名で、漫才の掛け合いをしていたのである。畑山がボケ担当のピーで、加藤が突っ込み担当のブーということである。
初夏というのにもうかなり暑い日であったが、冷房の効いた舞台で、汗を流しながらの漫才である。
漫才が終わると、畑山も加藤も、それぞれの仕事に戻っていく。二人とも、まだ漫才で食べていけるほど売れていないので、別に仕事をしている。