その後幸佑が生まれて暫くして、香織の実家の母から連絡があった。できれば香織に実家の店の経理を頼みたいとのこと。香織の父はスーパーマーケットを営んでいる。市街地のはずれにあり、規模はさほど大きくはないが、その辺りに一店しかなく、忙しいらしい。

「父がねえ、経理をひとりでしとるんじゃけど、来てくれたら助かるから私に聞いてくれって。まだ幸佑が乳飲み子じゃけえ、落ち着いた頃でええと」

「ええんじゃないか。香織、お前はどう思う?」

「うちは弟がサラリーマンで会社勤めじゃろ。将来は店を継ぐかどうかわからんし、父がほとんど切り盛りしとる。従業員も何人かおるけど人手不足みたい。余裕がないけえ、他人を雇うより私をと考えたみたい。お給料はそんなには出せないけど、毎日でなくてもええからって。私は行ってもええかなと思うとる」

「じゃあ、決まりじゃ。そう言うてあげて」

「まだ先のことになるけどね」

やがて幸佑が離乳食を始めた頃、菊代の勧めもあり、香織は実家に通うことになった。もっとも、朝は幸佑の世話をして出て、夕食の準備に早めに帰ってくるという生活だった。

香織は幸佑に食事を与えながら時々、その日の出来事を幸太に説明してくれる。

「お父ちゃん、実家のスーパーに移動販売車があるのを知っとる?」

幸佑が生まれて暫くしてから、幸太と香織はお互いの呼び方も変わった。

「いや、それは初耳じゃ」

「今日ね、父が乗っていくかって言うけえ、付いていったんよ。肉や魚、そして野菜、果物、パン、お菓子類、飲み物などまるで小型スーパーね。週に一度、人里離れた集落のいくつかを回って販売するの。もちろん車の走れる道路があるけえ、こっちに出てこれる人はおるけど、そうでない人は喜んで買いにくるの」

「そうなんか、それは知らんかった」

「父はね、『儲けにはならんけど、わしが行かにゃあ困る人がおるけえ』って言いながら続けとるみたい。それにね、何軒か個人のおうちに行くのよ。販売場所まで遠いとか、足が少し不自由で出るのが難しい人とかね。そんな人たちは皆優しいのよ。お茶を出してくれたり、漬物を持って帰れと言ってくれたりして、まるであべこべじゃろ? 話をしてても楽しかったよ」

香織は嬉々として喋っている。

「でも父も年じゃけえ、いずれ行かれんようになる。弟は家業を継ぐかどうかわからんし、そうなったら皆困るじゃろうねえ、そうだ私が行こうかな? ねえ、お父ちゃんどう思う?」

と、幸太の腕をつかんで聞いた。幸太は内心複雑な気持ちになっていた。

香織は最近外に出ることの喜びを感じとる……それに、家におっても、幸佑のことばかりじゃ。もっと俺のことを考えてくれよ。

決してそんなことはないのだが、幸太にではなく、外で見せる笑顔に何となく嫉妬しているのだった。

「ああ、ええんじゃないの」

つっけんどんな言い方に、香織は何か感じたようだ。

「あれ? お父ちゃん何かあったの?」

「ないよ、なんも」

「おかしい、機嫌悪そう。ほらほら頬が引きつっとるよ。お父ちゃんはすぐ顔に出るけえ」

幸太は両手で頬を持ち上げ、そのままの姿勢で喋った。

「外でいつも楽しそうじゃの。うちでも幸佑ばっかりじゃ」

香織は目を丸くした。その後、腹を抱えて大笑いした。

「なあ~んだ。そんなこと考えとったの? 幸佑に嫉妬しとったんじゃね。ごめん、ごめん」

と、もう一度笑った。

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