野球馬鹿
出産が近づくにつれて、香織は悩みを抱えていた。仕事を辞めるか、出産休職を申請していずれ復職するか迷っていた。
「香織、俺はどっちでもええよ。生活のことを考えとるなら、心配いらん。贅沢せんかったら、俺の給料でやっていけるじゃろ。でも働きたいんじゃったら、子供を母ちゃんに任せときゃ大丈夫じゃ」
「幸太さんは簡単に言うけど、将来子供が成長すると学費とか習い事とかで、お金がいっぱいかかるのよ。少しでも貯蓄しとかにゃ。でも、ある程度大きゅうなるまで自分で育てたいしね」
「そう言われたら、俺も判断できん」
「もう、幸太さんはお気楽な人じゃ」
香織は眉をしかめて唇を尖らせた。そんなおり、菊代が香織の悩みを知って進言した。
「香織ちゃん、幸太から聞いたよ。仕事どうするかって」
「ああ、お母さんすみません。いろいろ考えるところがあって」
「もうとっくに死んでしもうたけど、うちの人のお母さんはきつい人でね、女は家庭におって家のことをするのが当然じゃ、という考えの人じゃった」
昔を思い出すように、眼鏡の奥の大きな目を細めて続けた。
「それで幸太と、弟の健次が小学校へ通うまで外で働かせてくれんかった。もう何が嫌じゃったかと言うと、窮屈じゃったね毎日が。私が太ってきたのはそのストレスが原因なんよ。まあ、皆の食べ残しをもったいないけえ、私が片づけたということもあるけど」
そう言って、ハハハと豪快に笑った。
「香織ちゃん、出産後は暫く休養して、赤ちゃんが離乳食を食べ出したら、私が作るけえ外に出た方がええんじゃないの? 私に気をつかわんでもええよ」
後に香織から幸太が聞いた話だった。
「で、どうする?」
「銀行は辞めようと思う。いずれお母さんの言う、離乳食が始まる頃か、その後にどこか仕事を探してみるつもり。私、お母さんといても、ちっとも窮屈じゃないけえ」
香織は幸太を見て、にこっと笑った。
「確かに母ちゃんは底抜けに明るいけえの。うるさいくらいじゃ」