そして、参観日の前、結里亜の新規開拓したお店に行った。テーブルも広く、木の温もりが感じられる居心地の良いところだった。

「ねえ、心配してもらったけど、結局家に帰ることにしたの」

と奈緒美。

「えっ? 大丈夫?」

三人は他人事ではないと思い心配そうに奈緒美の顔を覗き込んだ。その一部始終はこんな感じだ。アパートに住み始めて三か月が過ぎた。奈緒美が家を出たことを知り、横浜から姉の明美とその息子の稔がアパートに遊びに来ていた。今までの経緯を聞いていた明美は、

「奈緒美ちゃん、私にできることがあればやるから当分の間はここにいた方がいいよ」

と言う。

「ありがとう、子どもたちのためにもこの決断は間違っていないと思うんだ。あの家に帰りたくない。独身の頃に貯めた貯金があるから節約しながらここで暮らすつもり」

と奈緒美。お昼を三人で食べていた時のことだ。武史と芳子が訪ねて来た。

「奈緒美、帰って来てほしい、頼む」

と武史。続けて芳子が

「悪かった、奈緒美さん、どうか実家に戻ってきてくれませんか」

「それはできない、もうつらい思いをしたくない」

と奈緒美。

「申し訳なかった。お願い、奈緒美さん、戻ってきて」

奥の部屋にそのやりとりは筒抜けだった。腸が煮えくりかえる思いで聞いていた明美と稔だったが、いたたまれず、稔がドアを開け、三人の顔を見てから、もう一度芳子を見て

「何言ってるんだよ、どのくらいこっちを泣かせたら気が済むんだ」

と強い口調で言った。黙っている芳子に

「血も涙もない、そんな冷血な人のところに奈緒美おばちゃんを返せない」

十七歳になる甥の稔は泣きそうになって言った。

「玄関ではなんだから中に入ってください」

明美が促す。武史も芳子もと帰って来てほしいと何度も頭を下げて帰って行った。

「稔ちゃん、ありがとう」

奈緒美は目頭が熱くなり涙が込み上げてきた。そして、自分のことを心配してくれる稔に感謝の気持ちでいっぱいだった。奈緒美は、芳子の自分に対する接し方が変わることを信じてその一か月後実家に帰った。しばらくの間、芳子の奈緒美に対する態度は穏やかだったが、徐々に家を出る前と変わらなくなっていった。

「じゃあ、何のために家を出たかわからないじゃない?」

と結里亜。

「そうなのよ、人の性格なんて簡単に変わるものではないね、あの時は調子のいいことを言ってきて。だからこっちもそのことばを信じて帰ってきちゃったのに。あー、なんで帰ってきちゃったんだろう?」

と奈緒美。

「奈緒美さん、優しいから放っておけなくて面倒を見てしまうんだよね」

と結里亜。

「そうかもしれない。それは結里亜さんも同じだと思うよ。でも、夫は、私に苦労をさせて悪かったと言って、気を使ってくれるし、前より優しくなった気がする」

と奈緒美。そのことばを聞いた三人は、少しほっとしながらうなづいた。四人はそれぞれ仕事をしていたが、時間を作って参観日前のゆっくりした時間を楽しんだ。

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