そしてそれはその後の違う国に行った時にも痛感させられた。ランチは皆ばらばらに食べていたから、私は大体カフェやファストフード店やパブでサンドイッチやミートパイやハンバーガーで済ませていた。イギリス人はランチは少食のようで、立派な紳士がケーキと飲み物で済ませているのを見るのも珍しくなかった。
私はランチもそうそうに終えて、辺りをよく歩き回った。大英博物館にはよく足を運んだ。ここの展示物の多様さとボリュームには驚いたが、それよりいくら覇権を握っていたとはいえ、これだけの物を人手とお金をかけて持ち帰るというその執念には恐れいった。
全部足したらどの位の重量になるのかしら。我々が持ち帰ったからこそ現在まで残すことができたのだ、というイギリス人のいい分にも一理あると思った。初めて大英博物館を訪れた時、入って直ぐの部屋に大きな黒光りのする石の塊があった。それが古代エジプト文字(ヒエログリフ)解読に繋がった、あのロゼッタ・ストーンだった。驚いたことにその石を素手でなでさすることができるのだった。まさかレプリカではなかったはずだ。
私が昼休みにそこに行く時には、ロンドン大学側にある裏門から入った。その方が近かったし、人が少なかった。入って直ぐの部屋が日本関係の展示室で、掛け軸、焼物、鎧、刀等が沢山展示されていた。今はあまり覚えている物はないが、中に1つ志野焼と思われる大振りの赤錆色の茶器があって、それが気に入って何度か見に行った。
事務所では特に親しくなった人はいなかったが、昼に時々何人かでパブに入ったり、チリ人のフェルナンドのホームパーティーに行ったりはした。