「美月さん、始めましょうか」という美代子の声で現実の世界に引き戻された。
美月も我に返ったように、「どんどん指示を出してください」
「じゃあ、お願いしますね。先ず大きなフライパンがあるかしら? 出来たら底が平らなものがいいですね」
「普段は小さなフライパンしかここには置いてないから、納戸にしまっているかもしれません。見てきます」
美代子はレシピを書いたメモをカウンターの上に置いて、何度も確認しながら、魚介類の下ごしらえを始めた。気分は浮き浮き状態で、何歳も若返ったように目が輝いていた。
納戸の方角から物音が聞こえ、少ししてから美月が「ありました!」と台所まで聞こえる大きな声がした。美代子は「一件落着!」と心の叫びを発した。
美月が大事そうに大きなフライパンを両手で持ち台所に戻ってきた。それを見た美代子が「スペインで見たものにそっくり。底も平らで申し分ないわ。美月さんありがとう。美月さん、パプリカとトマトを適当に切ってくださる?」
「お安い御用よ」
「その後でイカをさばいてちょうだい」
美代子はレシピを見て「お米は洗わないで使うと書いてある。本当かしら」とちょっと疑ってみせた。
水の分量を計量カップで正確に測り、自由が丘の市場の“魚清”からもらったパエリアの素を入れて、お米を平らにならした上に具材をバランス良く敷き詰めた。
おこげを上手く作るためにもフライパンの蓋をせず煮詰めることにした。
十五分後には、お米がふつふつとあぶくを出して、魚介のいい匂いがしてきた。
一旦火を止めて、フライパンの蓋をして蒸らすこと十五分、最後に強火で数分お米がはじけるようなパチパチという音がしてきたら火を止めて完成。
一連の流れを見ていた美月が「これがパエリアと言うんですね! 初めてお目にかかります。主人にお声を掛けましょうか?」
「お願いします」