喫茶店「パンタレイ」の裏庭も、四方のアパートや低層マンションに囲まれた数十坪ほどの中庭になっており、多種多様な植物が乱雑に生い繁り、この廃園ふうのパティオでは、蝶々が花の雄しべ雌しべに口を突っ込み、羽虫が舞い上がり、昆虫たちが暗がりで交尾し、蚯蚓やモグラが地中の闇を進み、小さな虹色の蜥蜴たちが、石の上では日向ぼっこをしていた。

「言っておくけど、わざとしているのよ。あたしこういう雑然とした廃園のような風景の方が、ぜんぜん落ち着くんだから。知ってるかしら。ターシャ、ターシャ……。ええと、何ていったかしら? 駄目ねえ、最近物忘れが多くて。あ、そうそう、ターシャ・テューダー。有名な絵本作家のターシャ・テューダーの庭みたいにしたいのよ、あたし。ああいうのは、イングリッシュガーデンて言うのかしら」

睦子ママは、コーヒーサイフォンから溢れてくる白い湯気に顔を曇らせながら、得意げにそう主張する。四十代半ばの彼女は、真っ黒な直毛のおかっぱ頭で、刈り上げた襟足のV字型が印象的だった。

「ほら、よくフランス映画なんかに出てくるじゃない。エリック・ロメールなんかの。風が吹いて、木立の葉っぱが白く翻って、南フランスの光の中にきらきらしているの。ううん、もちろんここは、あたしの庭じゃないことは確かだわ。大家さん? あそこの生産緑地の奥入ったところの武内さん、武内康太郎さん。花水木通りの脇を入ったとこの石塀に囲まれた大きなお家よ」

英国好みなのか、フランス好みなのかよくわからない。彼女は軽く鼻歌を歌い出す。

「武内のお爺ちゃんはね、あたし、ずいぶん体のこと面倒見てあげているの。健康食品や自然療法を教えてあげたりして。だからあたしの話だと素直に聞くわ。例の胃癌の手術のあとは、案外良好みたいなんだけど、腰が悪いのよ。この間も、前立腺手術したしねえ」

別れた亭主の影響なのか、彼女はよく作務衣を着て現れることがあり、本日も紺色の作務衣スタイルだった。

彼女の小柄でこざっぱりした感じには似合っていたが、もともと色気というものに乏しいせかせかした動作で、おまけにやや外股歩きなので、どことなく男っぽく見える。たとえば、おばさんと少年とを掛け合わせると、こんな珍妙な個性が出来上がりそうである。