「いえ……、そんな…………」

アンはそんな二人から目を逸らした──やめてくれ。私はそんな大した者じゃない! 頭を下げないで!

頭を振って恐縮したが、アンは心の中で叫んでいた。リドリーに請われてこの村、この家まで来たが、いざ、本当の病人を目の前にして、アンはその責任、重圧に押しつぶされそうになっていた。本人を見て、声を、話し方を聞いて──ああ……、この女の人は本当にいい人だ、とわかる。こんな若造に、怪しい人物に、頭を下げる──下げる事ができる。

そんな人の命が、今──自分の手にかかっている。

「アンさん…………」

リドリーはすがるような目でアンを見る。

「……はい……」

アンは足取り重く、ソフィーの前に歩み寄る。背中に、腕組みをして怪訝な表情をしたダグラス夫人の視線を感じる。何も言わないが、カミさんを助けてくれと、想いを込めたリドリーの視線がアンの心に突き刺さる。

その想い、目の前の人物の命の重み──全てがアンの華奢な肩に圧し掛かる。

「あ、あの……」(ど……どうしよう。どうすれば? リドリーさんはああ言うけど、私は医者じゃない)

アンの唇と声が震えていた。そう言ったまま固まってしまったアンの様子に気付いたソフィーが身を乗り出し、そっとアンに聞こえるくらいの声で囁いた。

「ごめんなさいね。急に知らない人の家に連れてこられて……、緊張しちゃうわよね」

ソフィーは穏やかに笑った。

「メリンダ!? 悪いけど、この()と二人っきりにさせて頂戴」

次いで彼女はダグラス夫人メリンダに向かってこう言い、「ほらっ! あんたも。診察の邪魔になるでしょ!」と、今度は強い口調でリドリーに向かって言った。言われたメリンダも、リドリーも目を丸くし「あ、ああ……」と言って部屋から出て行った。

「さ! お話ししましょうか」

呆気に取られていたアンに、ソフィーが穏やかな笑顔を浮かべて言った。

【前回の記事を読む】【小説】嫌な予感を振り払って…「森から彼女を連れ出さねば!」