【前回の記事を読む】「ドラマみたい」33歳・保育士が病院で告げられた診断結果は“悪性がん”

第1章 左乳房 ~33歳、乳がんになりました~

アワビの醬油煮バンザイ

友人のT看護師には告知の少し前にも大変な心配をかけている。33歳の夏に職場でF先輩からいただいた「アワビの醤油煮」のお土産を昼食時に五人で食べたら、私一人だけがアナフィラキシーショックを起こしたのだ。

昼食でアワビの醤油煮のビンを開けて皆と一緒に食べたが30分ほどした頃から、呼吸がおかしくなってきた。小児喘息を患っていたが、中1からは発作は起きていない。けれど明らかに呼吸が喘息発作と似ている。徐々に息が吸えなくなり苦しさが増す。T看護師が隣の部屋にいたので相談に行った。

「ちょっと体調が変なんだけど~」としゃべりかけたが、私の顔を見るなりT看護師は、「ウワッ。あんた変! すぐに病院に行った方がいい」と近くの病院に連絡をしてくれた。病院に飛び込んだが着いた時は目や顔が真っ赤、頭の毛の中は異常なかゆみで、点滴の即注で命拾いをした。

T看護師の後日談で

「本当は救急車を呼ぼうかと思ったんだよ。よく一人で行ったよね」

「早く言ってよ。自転車こいで行っちゃったでしょ」

「うん。あの時はその方が早かったよね」

アワビを持ってきた先輩は申し訳なさそうであったが、それが逆にとても申し訳なかった。後日、大きな病院で検査をしたところ「一過性のもので、治れば大丈夫」と内科医の言葉。その後アワビは食べていない。死ぬほど怖かったから。

実はその年の春、左乳房のしこりに気がつき受診をしていた。左乳房のしこりは必ず同じ場所にあり、すぐに「ここだ」と手に触れることができた。今思えばだが硬い石のようで動かなかった。病院の春の検査では、「今回は問題ないが2か月後にもう一度来てください」と言われていたが、病院や注射が苦手でほったらかしにしていた。

しかし、気にはなっていたので、アレルギー検査で内科に受診後そのまま外科に行き、エコー検査や血液検査などをした。

数日後に、その検査の結果が出たので病院に来てほしいと職場に連絡がきた。T看護師に伝えると「とにかく早く行ってきな」の一言。

それからは、検査が一気に進んだ。日帰り検査の「しこり切除」は部分麻酔で行ったがこれは地獄の体験だった。途中で麻酔が効かなくなり痛みで身体はよじれ、手術室の看護師さんが手を握ってくれた。終わると自分の手が痛くなるほど看護師さんの手を握りしめていた。きっと看護師さんも痛かったはずだが、33歳になる私の頭をもう片方の手でずっと「よしよし」してくれたのだ。

どれほどたくさん切ったのかと思っていたが、終わって見ると、とても小さい傷で拍子抜けした。日帰り手術は、まな板の上の鯉の気持ちになった。切除後の、しこりの病理の結果は「悪性」。

アワビの醤油煮を食べなければ外科に行くことがなかったと思うと、お土産をくれた先輩は命の恩人である。お土産のアワビの醤油煮バンザイだ。